162 絶望と後悔と懺悔と
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―陸軍駐屯地―
[その少年は、目深に学帽を被る学生であった。 こんな場所に立ち入るなと制す軍人の、伸ばした腕が半ばから消える。 落とした視線は地面に落ちた両腕を捉える。]
(5) 2014/02/10(Mon) 00時頃
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[上げさせた悲鳴は陽動。 此処は駐屯地の端。人――家畜――を多く集めればそれだけ中央が、他が手透きになる。
舞う銀刃は小太刀。
マントを翻し、零瑠は微笑みと共に血を散らせた。*]
(13) 2014/02/10(Mon) 00時半頃
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―駐屯地―
[零瑠は知っていた。 彼が誘いを拒まないことを。 何を優先させようとするのかも。
知った上で、視線の届く位置に在れと願った。 互いに互いの為にと動けばこそ、実戦も恐ろしくはない。
殺気。だが、零瑠は動かなかった。>>16 視線を周囲に巡らせ、短剣の飛んできた方向に気付いた者へと小太刀を振るう。]
―――…!
[昔、街中でぶつかった軍人と、同じ年の男だった。>>1:223 彼の思った『輝かしい未来』は消えてしまったのだろう。
似たようなマントをと願ったのは。 彼が語ってくれた未来話と現実の解離に、 懺悔したかったからかも知れない。]
(33) 2014/02/10(Mon) 01時半頃
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[躊躇いはそのまま切っ先を鈍らせる。 柄尻に掌を当ててぐいと刀身を押し込み、腹を蹴飛ばした。
流れる血潮は細い川を、池を作り。 悲鳴の合唱は何処まで届くか。
零瑠は笑むのを止めない。
明之進へと走らせ、頷き返した視線。 ふと。それを上空へと転じさせると、まず金糸の紅>>29と目線が合った――気がした。方向を変えると黒糸の紅。
学帽を目深に被り直し、弧を描く口許だけを晒した。**]
(36) 2014/02/10(Mon) 02時頃
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―ゆめ―
[胡桃色の髪は夏の日差しに熱をもつ。]
おとうさま! おかあさま!
[仲睦まじく庭を歩く二人を見かけ、男児は履き物を無視して庭に降りて駆け寄った。驚いた顔をして、けれど微笑みを絶やさずに母が抱き止めてくれる。胴を掴んで父が抱え上げてくれる。高くなる視線に男児は喜び。
履き物がなければ怪我をすると叱咤の声に肩を竦ませ。それでも足裏を払う手が優しくて。次は気を付けますと約束をする。
両親の愛情を一身に受けて、男児は育つ。 その『記憶』があるからこそ、孤児院で親からの愛を乞う子供達の痛みに共感し、時には父のように、母のように―――微笑み手を差し伸べた。**]
(115) 2014/02/10(Mon) 20時頃
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―げんじつ―
………おとうさまは?
[『お仕事で出掛けております。』 閉じた障子の前で、使用人の一人を掴まえて問う。答えた人の、その顔に見覚えがなくて。男児は、また人が替わったのだと受け止めた。
夏の日差し。蝉時雨。 裸足のまま庭に出て、下芝の痛みに慌てて草履を履きに戻る。 知らぬ顔の庭師が鋏を動かしていた。伸びた芽をぱちりぱちりと切り落としていく。男児は、また人が替わったのだと受け止めた。 仕事の邪魔をしないように、遠くから眺めることにする。]
……おかあ、さま。 今日、お庭にでたら、上から毛虫が。
[閉じた障子の前で。もぞもぞと動く黒の毛虫を置く。]
(116) 2014/02/10(Mon) 20時頃
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さなぎになったら、ちょうちょになるんですって。 これはきあげは? もんしろちょう? それともあげはちょうになるのかな?
……………。
[応える声は、なかった。
夏の日差し。蝉時雨。**]
(117) 2014/02/10(Mon) 20時頃
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―ゆめ―
[買い物籠の豚肉が手に重い。掌は僅かに赤く。 買い忘れがないかとメモを見る。一番最後には『生姜←サミュエルから貰う』とあった。]
ただいま!
[わざとらしい程に大きな音を立てて扉を開ける。ばたばたと何かを隠すような気配。それでも零瑠は気付かない振りをする。]
ただいま、絢矢。無事に帰ってきたよ。
[目線を合わせて絢矢の頭を撫でる。殴られた形跡などない顔を見て、漸く安堵してくれたようだ。]
(121) 2014/02/10(Mon) 20時半頃
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[食事は豚肉のしょうが焼き。 最近流行りの料理があると教えてくれたのは直円だったか。 薄く薄く切った肉は醤油とみりんで艶を増し、生姜の爽やかな風味が舌を喜ばせた。 同時に食卓に並んだのは、金平糖、クリームシュークリーム、そして大きなマシュマロ。などなど。 火鉢を持ってきてマシュマロを焼くと、熔けていく様に歓声が上がった。
橙色の蒸しパンを美味しそうに頬張る幼子達を見て、キャロライナと目を合わせて笑う。人参好きな彼と相談しあった成果だ。]
(122) 2014/02/10(Mon) 20時半頃
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[ささやかな晩餐の後、零瑠は背をぐいぐいと押された。そうして一脚の椅子に座らされる。
はじまりはじまり。>>1:347]
すごいよ、凄い……。嬉しいよ。 みんな、俺の為に―――あり、がと
[泣かないと決めたのに。感動の涙が溢れる。何処か痛いの? と心配げに顔を覗きこんだ少年の、体を抱き締めて首を振った。]
俺はね。いま、嬉しすぎて―――…泣いてるの。痛くない。どこも痛くない。
……大丈夫。
[顔を上げて、皆の顔を見回す。 くしゃくしゃに顔を歪ませて、零瑠は笑う。]
(123) 2014/02/10(Mon) 20時半頃
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みんなのこと、だぁい好きだよっ。
[こうして、都零瑠は14歳の誕生日を迎えた。 13の祝い、12の祝い。
混ざっている事にも気付けず、夢は終わる。**]
(124) 2014/02/10(Mon) 20時半頃
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―現在・駐屯地端にて―
[彼方此方で闘いの音が聞こえる。 気のせいだと、思い込みだと思おうとしたのに……。
確かな笑みは、零瑠に向けられたもの。零瑠だけに――>>56]
(129) 2014/02/10(Mon) 21時頃
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行くぞ、柊。
[場を変えようと明之進を促す。 もっともっと――…戦わねば。
駆けながら悲鳴を増やす。死体を増やす。助力をと辿り着いた先には――]
(132) 2014/02/10(Mon) 21時頃
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[払っても落ちこれない刀身の血糊を、倒れた男の服で拭う。 『涼平』と―――>>136 呼ぶ声が近い。
まだ息のある、その軍人の。耳を削ぎ落とした。]
(142) 2014/02/10(Mon) 21時半頃
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―駐屯地・司令所の近く―
[悲鳴は軍靴に混じる。 此方を見た軍人は、子供がと眉を顰め。
次いで学帽の奥の紅と、刀に武器を構え直す。 視界の端に同族を捉え>>143、 加勢にと足を向けた。
声に。そわりとしたというのもある。]
(151) 2014/02/10(Mon) 22時頃
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[巨体の倒れる音が響き、土煙が舞う。 動かなくなった躯は邪魔なだけだ。
足場に変えようとして。 隙が生まれた。後方で炸裂音。>>152]
柊。
[ただ名を呼ぶに留めて、零瑠は地を蹴った。 心配は要らない。
後方は彼に任せたのだから。]
(155) 2014/02/10(Mon) 22時半頃
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[絶叫を背に、巨躯を踏みつけ戦場を見下ろす。>>154 刀身を手に、口を開いた。]
死に急ぐ輩は此処か。 我等相手に抵抗など、無駄と知れ――…
(158) 2014/02/10(Mon) 22時半頃
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降伏を。さもなければ、死を。
[長さは違えども、同じ刀同士。>>161
ほぅと一声漏らして口許に笑みを浮かべる。
鍔を鳴らし、繋がれた双子に合図を送ると同時に、高く跳んだ。 勢いを刃に乗せて、振り下ろす。]
(163) 2014/02/10(Mon) 22時半頃
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[―――夜に似た黒の、散るは桜花。
鋼糸如きで身を封じられても詰まらない。 刃に乗る重みは人以上の筋力がもたらすもの。受け止められた刀は上から下へと位置を角度を変えて鍔迫り合う。>>177
身長は伸びたが、周と並ぶ程ではない。下からぐぐと押し、上げた視線が捉えたのは―――軍服から覗いた、夜桜。
現実であれと願うことを止めたのに。
抉じ開けられる、記憶。 間近で降る声に緩慢な動きで顔を上げた。]
(187) 2014/02/11(Tue) 00時頃
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[あの日から5年が経った。互いに20も近いはずなのに、一方の零瑠の顔立ちは幼さを残し、時の流れの異なるを現していた。 日焼ける事の無くなった肌は白くなっただろうが、何よりも革色が何処にも無い。
動揺を隠せず、かたかたと鍔が鳴る。]
あま……、ね
[喉の奥から絞り出すような、掠れた声が、出た。
信じられない。でも、この顔は見返しても周のもので。 眉をぎゅと寄せて見詰める。今にも泣きそうな程眉尻を下げて。]
(188) 2014/02/11(Tue) 00時頃
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あまね……良かった
生きて―――た。
(189) 2014/02/11(Tue) 00時頃
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ずっと、気にかかって、た。
で、も…しんじて、た。 周も、サミュエルも、生きてる、って……
[腕から力が抜けていく。周の七首を受け流し。 柄から離した左手を持ち上げ、彼の頬に触れようとした。
確かめるために。生きている温もりを、知るために。*]
(193) 2014/02/11(Tue) 00時頃
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[嘘ではないと首を振る。>>195]
れいる、だよ……。 本当に本当だ、よ。
怒りん坊の周。だいすきな家族の、あまね…
泣くなって、だって、こんなにも嬉しいこと、なんて……
[淡い期待を抱いては居たが、サミュエルも、絢矢も生きてるとの報せに瞬き何度も頷いた。>>206 幼子が目の前で死んだから、『皆』といっても限られているのだろうが。
ぺたり。周の頬に手が乗る。米神に到るまでを撫で、何度も周だと繰り返す。]
(212) 2014/02/11(Tue) 00時半頃
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[周の名を呼ぶ声は零瑠だけではなかったが、 紅の眸はただ周だけを映す。
指先は耳の後ろに、そして首の後ろへと回される。]
ひ……明は、近くに居るよ。 でも………
[明之進以外の『皆』には言葉を詰まらせた。]
(221) 2014/02/11(Tue) 00時半頃
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[零瑠の手から完全に小太刀が落ちた。 自由になった手で、襟の桜花に触れる。]
……さくら、好きだったっけ? あまね。
[小さく笑い、引っ張る。]
元気だった? ちゃんと人参食べてる?
(225) 2014/02/11(Tue) 01時頃
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[ぎゅうと。叶うなら1度強く、強く抱き締める。]
……会わせて、あげよう、か?
[声がくすぐったい。 人参柄がないことにも、笑う。>>234]
俺は、運が良いのかも知れない。 桜の時に逢えたから。
俺の、好きな、花。
(241) 2014/02/11(Tue) 01時半頃
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豚の生姜焼き、また……作るよ。
[皆で囲む食卓など、もう無いのだと寂しげに目を伏せる。]
…………
(245) 2014/02/11(Tue) 01時半頃
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お前だって――――… なに?
[『金色野郎』。 体に染みた鬱金が、命じるままに。]
あま、ね……
[周から見えぬ指先が、爪が。 叶わぬ頼みだと知らしめる為に、首から肩を、背中を、抉るように振るわれた。*]
(247) 2014/02/11(Tue) 01時半頃
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[双眸の赤が揺れる。 唇を振るわせ、言葉を紡ごうとするも叶わない。
――…止めて。 周を傷付けたくはないのに。
抗えない。 服と皮膚を、肉を抉る感覚が伝わってくる。じくりと滲んだ血が、周の背の白を真っ赤に染めた。]
(253) 2014/02/11(Tue) 02時頃
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[自由になれるのだろうか。
もし。もしも自由になれたとして。 どう生きていけば良いのか。
人には戻れない。 永遠に鬼のまま。
血を求める鬼のまま。
魂と体を囚われてしまった。]
あまね、あまね……ぐす、あまね……
[崩れ落ちる身を抱き止める。 双鬼はいつの間にか姿を消していた。]
(254) 2014/02/11(Tue) 02時頃
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