296 ゴールイン・フライデー
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[着飾った分だけ多くを得れるか。 そんな事は一度も無かった。
歳の離れた妹がいた。 昔から兄を慕う可愛いらしい子だった。 柔らかな髪を持つ優しい母に いつも見守ってくれる頼り甲斐のある父。
角のない幸福な家庭だった。 丸い輪のような家族だった。
――たった一つの秘密を除いて]
(16) 2019/05/15(Wed) 22時半頃
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[紙袋は丁重に口を丸めて小脇に、床に置いていた仕事道具の詰まった鞄を担ぎ、店を出て。]
よう、猫。おはようさん [焼き立てパンの匂いに釣られたか、路地から顔を覗かせる三毛猫へ腰を屈めて一声かけたが、返事なんざ気にしちゃおらん。 いつも出くわすわけではないから、今朝は運がいいのやも。グローブ越し、手の甲で首裏から背中をひと撫でしてから、ゴツ、ゴツ、ブーツの踵を鳴らし歩き始める。
まだ早朝と呼べる時間、薄暗い空はぶ厚い雲で覆われているが、いずれ晴れるだろう。隙間から射す朝陽に、元より細い一重を眇めた。]**
(17) 2019/05/15(Wed) 23時頃
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[幼い頃は勘違いだと周囲に笑われ。 若い頃は怪訝な眼差しを貰うようになり。 成人を果たして漸く自身が異端だと気が付いた。
次に覚えたの恐怖だ。 自身の持つ大切な感情を世界は認めない。 悪しきものであると否定し、嫌悪する。 高望みなどしたことはない。 愛されたいなどと恐ろしいことは言わない。 ただ想わせてくれるだけ良かった。
けれども下心混じりの視線は雄弁らしい。 視線に難癖付けられたことは一度や二度ではない。 親の靴屋を継いだとき、酷く安堵したのを覚えている。 これで相手の眼を見ずに済むと。]
(18) 2019/05/15(Wed) 23時頃
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[兄が愛したのは女性ではなく、男性だった]
(19) 2019/05/15(Wed) 23時頃
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[何言わずに家を出て一人暮らし。 絵に描いたような家族から逃げるように身を潜め そうして何事もなかったよう生を食い潰す。
毎日同じ事の繰り返しの中に時々混じる楽しさを ささやかな生き甲斐にしている。
今更新しい恋を始めるつもりなど今はない。 枯れた花を何度も見てきた男にとって 草臥れる事態は避けたかった。
時折感じる人恋しさはあれど 身を切るような喪失感の方が 疲れた躰には深く沁み入ってしまう。
程々でいい。 時たま覗き見る程度の幸せで 同じ物を口にしている喜びで きっと数年は生き延びられる筈だから]
(20) 2019/05/15(Wed) 23時頃
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[今ではめっきり見なくなった手縫い靴。 昨今は希少性が高まり再び日の目を見ているが、 大量生産の機械製法に喰われぬ未来は想像できない。
後継者を残せない自身にも問題はあるが、 通りにショーウィンドウを持つ靴工房も当代で終わりだ。 寂しくないと言えば嘘になる、しかし自然淘汰は世の常。 ――― 長い時間と技法を掛けて作る紳士の高級靴。 この仕事には己の誇りと喜びが詰まっている。 世に順応できなかった自分が唯一日向に出せるものだ。]
そろそろ夜が明けそうだ。 化粧釘だけ打ったら続きは起きてからにしようか。
[穏やかに言葉を操っても、朝は恐い。 早く眠って陽が落ちるの待っていたい。]
(21) 2019/05/15(Wed) 23時半頃
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[自身の異端も、不道徳も、 闇に隠してくれる夜の世界を。**]
(22) 2019/05/15(Wed) 23時半頃
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[そうしてずるずると糸を引いて息をしてきた。 歳は三十路を超え四十を迎えようとしている。 しかし今手に入れた安寧を手放す気にはなれず 時折心配した妹から便りが来るもの見ないふり。
親不孝だと思っている。 だがしかし打ち明ける事で誰が幸福になれるだろう。 ならば離れ暮らし墓まで隠し通した方が きっと幸福に違いないと決め込んでいた]
(23) 2019/05/15(Wed) 23時半頃
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[そんな暮らしも数年が経過する。 たまたま執筆した本が売れたものだから 小説家として腰を据えた結果、 成功して今生計を立てられている。
しかし恋に怯える男が恋を謳った文章で 売れてしまったなど皮肉な事だった。 新作が並ぶ本屋を通り過ぎた先のパン屋に立ち寄り>>2 焼き立てのパンは忘れずに購入した。
チラリと視線を感じて振り返ると 先程の三毛猫が此方を見ていた>>1]
食べるかい?
[猫の主食ではないだろうに声を掛けたが ゆらりと揺れる尻尾は近づく事なく。 落胆する肩をそのままに踏み出す。 陽の光がやけに眩しかった]**
(24) 2019/05/15(Wed) 23時半頃
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[その青年は愛らしく才能にあふれていたが貧乏だった。 彼が懸命に生活する姿は美しく、人の良さも手伝って街の人気者だった。 それを名士の息子はよく思っていなかった。下賤な人間が媚びへつらっていると鼻で笑う始末だった。二人は幼馴染で昔は仲睦まじかったのに、時の流れと生活の差が彼らを隔ててしまったのだ。
しかし、青年はそのいけすかない息子のことを愛していたのである。 かつて華奢だった青年を助け導いてくれた、名士の息子のことを心底から恋い慕っていた。 だから恋心を告げた。だけど名士の息子は気持ちが悪いと避けた。 嘆き悲しんだ青年に手を差し伸べたのは、街で煙たがれていたやくざ者だ。]
(25) 2019/05/16(Thu) 00時頃
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[やくざ者は青年と街を歩き、秘密の場所で語らって、流れ星を探しに丘で寝そべった。 しだいに青年の笑顔が増えたし、実態は肉体関係のない淡い絆だったが、二人の関係は街で噂になった。
それを名士の息子は面白くないと思った。本当は彼だって青年のことが大好きだったのである。
紆余曲折あって…… 名士の息子と青年は、口づけを交わしあった。もう二度と心にうそをつかないと。 その光景をやくざ者は祝福した。ああよかった、俺はな、お前たちに早くくっついてほしくてしかたなかったんだよ。]
(26) 2019/05/16(Thu) 00時半頃
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[ありがとう、おかげで本当の気持ちに気付けた。もう二度とこいつを離さない。 ありがとう、僕を励ましてくれて。これで本当に幸せになれる。 幸せなカップルの誕生だった。]
(27) 2019/05/16(Thu) 00時半頃
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[これが、この街に引っ越してきた理由だ。 そう、やくざ者って俺のことです。]
(28) 2019/05/16(Thu) 00時半頃
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[本気で青年には惚れていたし、落ち込んでいるところにつけこめばあわよくば、なんて思ってたけど、現実はこんなものである。 「あの行動も言葉も、励ましのためのものだった」というやさしい勘違いを肯定した。そういうことにしておいてほしい、ありがとう。うん。破れた真意は埋めて隠すに限る。
この歳で本気の恋をした結果、得た傷はだいぶ大きかった。 物理的に距離をとって、癒そうと試みているが……。]**
(29) 2019/05/16(Thu) 00時半頃
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公安部 カガは、メモを貼った。
2019/05/16(Thu) 08時頃
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おはようございます! モーニング行ってQPのお時間です。 今日もみなさんに元気な朝と愛をお届けします! MCはいつものデリクソンです
近頃、タケノコがおいしいですねえ〜
[ 二日酔いの酒臭さまではFM電波に乗ることは無い ]**
(30) 2019/05/16(Thu) 08時半頃
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[あの夏のことは誰にも話しちゃいない。 否、否、言えるわけがなかった。どっかの耽美な映画ならいざ知らず、下町育ちのやんちゃな餓鬼が、目も心も釘づけになったのが──男だった、なんて。
自覚した後は、自身の性癖と向き合うことから逃げ、周囲に露見するのを懼れ、それなりに気の合う友人のひとりだった同級生の女に告白されたのを期に交際を始めた。
胸も尻もつるぺたで長身で、男勝りな性格な彼女と過ごす日々はそう、悪いものでもなかった。セックスの間に感じる、何とも言えない違和感と罪悪感さえ目を瞑れば大丈夫。
いつか、心からの愛情を抱けるようになるだろう。 その前に愛想を尽かしてくれるかもしれない。
最低な願望を嘲笑うように、些細な喧嘩とすれ違いを繰り返しながらも交際は続き、ある日、彼女が妊娠を告げてきた。
──22歳の秋。泥沼めく人生の始まり。]
(31) 2019/05/16(Thu) 21時半頃
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本日も沢山届いているお手紙から紹介していきます!
[ モーニング行ってQPはおすすめの恋愛ソングや 恋愛関連の手紙を番組内で紹介している。 渋滞情報や天気情報の合間に挟まるような ありふれた番組だった。 ]
ラジオネームラプターさん。 「おはようございます、デリクソンさん。 私はコンビニでアルバイトをしています。 毎朝利用してくれるお客さんに 恋をしてしまったみたいなんです。 そのお客さんも私のレジに毎回並んでくれるし もしかして…?と期待してしまうんです。 勇気を出して連絡先を聞くか このまま見守るだけで我慢するか迷っています。」
(32) 2019/05/16(Thu) 22時頃
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あ〜〜〜、いいですねぇ〜〜〜。 毎朝顔を合わせるなら、ご近所さんみたいなもんでしょ。 覚えちゃうよね。
いきなり連絡先を打ち明けるのは相手の感触が見えないと 俺はあまりおすすめしません。
近所の期間限定のイベントを話題に出したりとか 髪型が変わってたら指摘してみたりだとか ご近所さんにするような世間話から まずは始めてみたらどうかなぁ
ラプターさんの恋の前進を応援して、 明るくなれちゃうこの曲を! [ 〜♪〜〜♪〜〜〜♪ ]
(33) 2019/05/16(Thu) 22時頃
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お疲れ様でーす。
[ 収録ルームから出ると、呂律の甘さを指摘される。 リスナーにも伝わるんで、お酒抜いてください… 昨日も一昨日も聞いた文句に手を振った。 ]
これでもゆうべは早めに切り上げたんだからな! 昼の放送まで仮眠とってりゃ抜けるさ 毎日毎日同じこと、ぐちぐち言わない! あ、わかった。俺に気があるんだろヨーコちゃん。
[ 休憩室のソファに仰向けに横たわる。 目を閉じてから睡魔を受け入れるまでの時間は 嫌なことばかり頭の中に押し寄せて来るから嫌いだ ]
(34) 2019/05/16(Thu) 22時頃
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[ 若い頃はニュース番組のナレーションや 映画の吹き替えをしていた声優だった。 生活習慣の悪さで生放送に遅れたりだとか 不倫騒動だとか、酒絡みの喧嘩が公になったりだとか いつの間にかローカル局で与太話を くっちゃべるだけの仕事しか回ってこなくなった。
客観的に考えても主観的に振り返っても まるきり自業自得だが―――
呆れるほど、世間体は口やかましい。 飲まなきゃやってられないんだよ。
人生が波乱万丈だとしたら、溺れてしまえ。 ]
(35) 2019/05/16(Thu) 22時頃
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はぁー…… [ 昨日氏名した21才の嬢は顔が小さかっただとか 楽しかった時間を思い出そうとするけど、 話題を二十は下げて合わせなければならない面倒さが 素直な感想として直結してしまう。
想像したくも無いはずの「あの客」の顔が 灰色の回想録の中で、ふっと過ぎる。 ]
…………めんどくせぇ………。
[ なんで眠気が近づくと、連想してしまうのか。 わかりたくないが、わかる。
―――あの店でしか接点のない客だってのに、 夢の中ですら、会いたいんだろうなあ ]**
(36) 2019/05/16(Thu) 22時頃
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─ Freitag ─
["ご職業は?" と聞かれた場合、かっこつけて"整備士"なんて答えちゃいるが、実際に請け負う仕事は多岐に渡る。 工務店に隣接する工場に持ち込まれた品ならば、雑貨から車まで可能な限り修理を承っていた。 時には違法スレスレな部品の加工も。すべては報酬次第。]
あっち──…お、もうこんな時間か お疲れさん、 あ゛──… 今週もよく働いたわ [物思いに耽る間も、手足はスムーズに動く。首に掛けたタオルで汗を拭い、鉄板を扇子のように振ってツナギの隙間に風を送る。ぐ、と背中を伸ばし腰を捻ると、身体の内側からぱき、ぽき、小気味いい音が響く。]
(37) 2019/05/16(Thu) 22時半頃
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[平生なら塒へ直帰するだけだが、金曜の夜は特別。 腕を抜いた袖を腰で結び、濡れタオルで汗を拭ってTシャツだけ着替えた。 この程度では消えぬ匂いも多々──オイルや煙草、体臭など──あるだろうが、其処はマリアンヌの厚意に甘えている。
今の俺は、小洒落た恰好で酒や食事を嗜める身分じゃない。 けれど、ある夜を切欠に、週末だけはほんの鳥渡の贅沢を許していた。これくらいなら許されたい、と思う甘さこそが、自身にとって致命的な弱さで、すべてを失うことになった理由と知っていても、どうしても、我慢できない。
なるだけ店の景観を損なわず、他の客に邪魔にならぬよう、カウンターの隅にて堪能するのは、一杯のグラスワインと、その時々で変わる一品料理と、それから────。]**
(38) 2019/05/16(Thu) 23時頃
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[眼を覚ますとカーテンの縁から西日が零れていた。 刺すように鋭い日差しはベッドを降りる気力を削いでくれる。 あと五分、あと十分。 微睡が蠱惑的なのは何も朝に限らない。
家庭を持てないのは寂しいが、こんな所は気楽だ。 寧ろ、下手に人の傍に寄ってしまえば寂しさが増す。 誰かに理解されたいと思い煩うのは、この年になっても苦しい。]
(39) 2019/05/16(Thu) 23時半頃
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でも空腹だ。
[三大欲求のひとつを満たせば次が来る。 小さく鳴る腹を押さえてベッドを降りると顎を撫でた。 無精髭が掌に引っ掛かり、億劫そうに眉を顰める。
冷蔵庫の中に目ぼしいものはなかった筈だが、身支度せねばならないとなると出掛けるのが途端に面倒になる。 もういっそ仕事を始めてしまうかと怠惰を極めながらカレンダーの前を通り過ぎ――――]
(40) 2019/05/16(Thu) 23時半頃
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[トトトトト。数歩バックで戻る。 納品日は昨日。今日は明けての金曜日。]
剃刀。 あと爪切り。シャツ、アイロン。
[現金なものである。 洗面台に向き合って白いものの混じる髭を整える。 油気のない顔は平凡な中年の其れだが、せめて清潔感を出したい。
今日は一週間の終わり、黄金色の金曜日。 美味い酒と、暖かい飯、それに心の糧を得る日。]
(41) 2019/05/16(Thu) 23時半頃
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