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【人】 和算家 直円-勝手口の辺り- (7) 2014/02/08(Sat) 00時頃 |
【人】 和算家 直円助けてください助けてください助けてください! (26) 2014/02/08(Sat) 00時半頃 |
[都に降る雨の、零の宝石は―――…
*鮮血色の紅玉*]
/*
業務連絡ー。
お父様がどの子を支配してるかってお父様が今決めちゃう?
/*
直接見てから決めるので未定です**
− 始祖の城 −
[その城は結界で守られ、守護部隊ですら始祖が
生存している限りは感知する事は不可能だった。
地下は捕えられた家畜の住処であり、
吸血鬼達の様々な捌け口でもあった。
本来なら雛鳥達も同じ扱いを受けるはずだった。
だが何かを思い付いた様な始祖の言葉で、雛鳥達の待遇は
人間どころか吸血鬼達よりも手厚いものに変わる]
連れて来た雛鳥達は特別に扱うように。
家畜共にも言い聞かせておけ。
雛鳥達はお前達家畜と違い、私に選ばれた者達だと。
[楽しそうに告げた内容に、部下達が不可解な表情を浮かべる。
そんな彼らにも同じ様に]
お前達よりも特別だと言ったのだ。
少なくとも私の気の済むまでは、お前達も丁寧に扱え。
ただし逃がすなよ。
家畜達にも肝に銘じさせろ。
[一瞬浮かんだ不満の色。
好い色だ。
同じ人間でありながら、下等な人間でありながら、
選ばれたと言う嫉妬、羨望、憎悪。
直接危害は加えられないだろうが、向けられる視線は
雛鳥達を人間からも吸血鬼からも孤立させるものになるだろう]
城から出れば、
裏切り者と家畜達から石を投げられるかもしれないが。
それも面白いな。
[逃がすなとは言ったが、実際に外で人間達に見限られた様に
蔑まれる姿を見物するのも面白い。
そんな事を近くにいるホリーには告げて、
まだ眠りに就いているだろう雛鳥達の目覚めを
楽しみに、神宿でホリーが集めた血酒を堪能するのだった**]
−始祖の城−
ん……んん…?
[そう、記憶はそこで途切れていた。
何故なら、次に醒めたときには城にいたのだから。]
此処は……極楽…浄土ですかな。
いや、私は「生きている」?
ああ!私は「生きている」!良かった…良かった!!
[はぁっ……「生きている」「生きている」と咽び、
ただただ感涙。おいおい、と男泣きである。
今はただ「生きている」ということが嬉しいようだ。]
ん……「生きている」?妙です。
僕は。僕たちは襲われたのではなかったのですか。
……何かの陰謀。そうだ、そうに違いない!
[顎に手を当てた。]
―始祖の城―
[息苦しく、頭がぼんやりしていた。
熱を出した時のようだと少年は感じていた。
寝込んでいる時は、誰かが頭を撫でてくれていた。
それは真弓であったり、年下だけどリカルダであったり、
つらいとも心細いとも言わない子供に、
代わる代わる、誰かが必ず優しかった。]
――、……
[熱を持ったのは怪我のせいだ。]
[混乱のせいだろうか。
どうしてここに連れてこられたのか
どうやってここに来たのかよく覚えていない。
けれどマユミが浚われるのを目の前にし、
サミュエルが気絶するときも一歩も動けなかった
ピアスに触れても痛くない。
何度も弄られたホールは既に裂けていて相変わらず赤い筋が残る
周りの声に、やっと目を動かす程度だったりで]
[ただ覚えているのはあのきんいろをまた目にした時
自分を捕らえようとした吸血鬼へ自分から手を伸ばした覚えだけ。
──「連れて行って」と。
どうしてそんな言葉が出たのか分からない。
けれど拒否するような行動だけはしなかった。
今は自分ですら「どうして」と思う]
誰か…いないのかな…
[きょろ、と周りを見回す。ここはどこだろう。
孤児院よりずっと上質な…そして、見慣れない内装。
実際の温度がどうだったかわからないけれど、
妙に肌寒かった]
― 始祖の城 ―
流石はお父様。
あの子達をもう一度外に出す時が愉しみです。
[そう言って微笑む。
余計な介入が入ってしまった感動の再会をもう一度執り行うのも悪くは無い。]
そういえば、その味はどうです?
若い少女の血だけを使って作った血酒。
お父様のお口に合えば幸いですわ。
[ねえ?と同意を求めるように近くに居た家畜に微笑んだ。
真っ青な顔で給仕を手伝っていた家畜が作り笑顔で肯くのを見やってから、愉しい趣向を思いついたのかトルドヴィンに語りかける。]
あの子達にも今度振舞ってあげましょう。
幸いな事に、材料はまだ神宿に残っていますから。
[現在:
周りを見回す。まだ頭が混乱していて、よくわからない。
これこそ夢じゃないのか。おきたらまた低いベッドの天井が見えて、すっぱい林檎がテーブルにあって
堪えていた涙が溢れそうになって深呼吸してまた堪える]
誰か…いないの?ねぇ、誰か…
[1人にしては大きな部屋のようだ。きょろり、部屋を見渡せばちらほらと倒れているような人影が見えた。
けれどそれらが死体のようにも見えて、怖くて声がかけられない]
[丁重に扱えという命のため、寝かされた寝台で
馴染みの声に重たい瞼を上げた。
返事をしたつもりだったが漏れたのは少し呻き声]
……理依、くん ?
[身に馴染まないふかふかの感触や見慣れない景色より
家族の声の出所を探している。]
[かすれたような声が聞こえて、はっとそちらを向く。
聞きなれた声。柊だ]
柊?いるの?俺だよ。理依だよ
[因みに彼の名前を苗字で呼ぶのは他人行儀ではなくて
ただ柊という響きが好きなだけ。
部屋を見渡せばすぐにその姿は認識できた]
柊…!よかった、生きてた。怪我とかはない?大丈夫?
うん……
[頷いたのは惰性で、自分の状態を把握した訳でなく。
間があいて、場違いといえば場違いな挨拶が続いた]
おはよう。
オハヨ。
なんか疲れてるっぽいね…当たり前か。
[くるりと周りを見渡し、他に寝台にいる家族もきっと生きてるんだろう。
まずは安堵のため息を一つ]
…ここどこだろうね。吸血鬼が住んでるとかかな。
あのさ、なんで孤児院に吸血鬼なんかがきたのか知ってる?
俺実は…
[裏路地で吸血鬼に出会ってしまったこと、数え鬼のこと、
鬼ごっこに勝ったはずで、孤児院に戻ったらあんなことになってて…
予想ついていることを否定したくて、あえて聞いてみた]
[柊は冬の木と書くと零瑠に教わった事がある。
それを理依に話した時、少しだけ楽しそうな顔を
していたような記憶があった。
どこだろう、と言われて、良く解らない顔をする。
今、理依の後ろに見える室内は確かに孤児院の寝室じゃない]
……吸血――鬼?
[そう、理由も良く解っていなかった。
やはり沈黙が挟まった。]
サミュエル、帰って来た……あ
[目覚める前、自分はどうしていたか? 最後に見たのは赤い]
――あ、う……
[もぞもぞと首を横に振る。]
サミィが、先に…
[そうなんだ。それじゃ、あのきんいろは
俺をおいかけるとかいって…。
彼は約束は守るといっていたけど、確かに自分は殺されていない]
は、はは……俺も原因の一つだったのかな…
なんていえば、いいんだかね…
と、どうしたの。大丈夫?
[幸いというか、自分はそこまであの孤児院の惨劇を長く見ていたわけじゃない。途中から記憶すら曖昧だ。罪悪感がそうさせているのかもしれないが]
少しゆっくりしてなよ。
そうすぐに殺されるってことはないと思うから。
そんなつもりなら、こんな綺麗な場所に入れたり市内と思うしね。
[きんいろの本音は知らないけれど今悲観的になってもしょうがない。
ぽん、と上掛けの上から優しく叩き]
[優しく置かれる手で鈍い痛みを覚えたものの、
幸いそれはあまり顔に出なかった。
ゆっくりして、といったことが聞こえたが、
頭の中は恐ろしい混迷でいっぱいになっている。
硬い無表情の中、視線だけは日常のあった印を、
つまりは理依を、珍しく頼るように追った。]
部屋の外、出てみようかと思ってるけど…
柊、大丈夫?ここにいる?
俺は…あのきんいろの吸血鬼が俺を殺さないっていってたから多分大丈夫だと思うんだ。
[それは全くの希望的観測でなんの保証もない。
でもここから逃げられるようなきっかけが見つけられるなら外に出るのも大事だと思う
柊はその約束の適用外なのだから
何かあるのは怖い。けれどこう怖がっている家族をそのままほっておくのも気が引けた]
大丈夫……
[自分の事はそう答えるが、
部屋の外に出るという声には少し難色を示した。]
…………理依君、大丈、夫?
――お願い。大丈夫?
[出て行って、それきり帰って来なくなったりしないか。]
うん…大丈夫。それに、ここがもし食べられちゃう前にいれられるような部屋だったらそれこそ早く逃げなくちゃ。
大丈夫だよ。なんだったら柊は皆を見ててあげてよ
[思い込みがいつしか本当だと思えてきてしまう。
無意識にあの金色をもう一度見たかったとも思っていた
柊がついてこないなら自分ひとりでいくつもりで]
……うん。
行ってらっしゃい。
[皆を見ててあげる事。役割を与えられればそれに頷く。
かける声だけはいつも通りだ。
部屋の外に出ようとする理依を見送るように、
のろのろとベッドの上で半身を起こした]
うん。行ってくる。
[柊の言葉に頷いて、それから部屋の中…マユミの姿らしいものを見つけてまずは安堵し、そして小さい声で]
マユミちゃん、帰れる手段、探してくるからさ
ちょっとだけ待ってて。
俺にも責任あるし。
[それから目が覚めたらしい直円に顔を向ける。
あの孤児院で彼が叫んでいた言葉は聞こえていない。
だから今は純粋に安堵のため息]
直円、俺ちょっと出て行くから。
みんなのことお願いね。
―城内―
[――夢はなにもみなかった、
見たような気もするけど忘れてしまった。
柔らかなものに包まれて、泥のように溶けていた意識は、
小さく交わされる声にくすぐられる]
……、
[覚醒までは届かない、
ただ柔らかなものが寝具だと気づいて、
――昔の家に戻ってきたのかと一瞬錯覚する。]
――………、、ん、
[まどろむ意識は、もういない人を呼ぶ音を紡がせた]
[
自分の名前を呼ばれたからだ、重い目蓋を開く。
見慣れぬ、場所。目の前にいたのは理衣、一瞬であの惨劇が目蓋の裏に蘇った]
っ、……、ここは、
[吸血鬼の居城、なのだろう。
あの漆黒の少女は、黄金の死神はどこにいったのか、
見渡せば、他にも数人の姿が室内にある]
なんで……、
なんで、理衣くん来ちゃった、の。
[待ってて、という言葉に首を横にふった]
[掛けられた声で、直円と真弓がいると解り、そちらを見た。
気絶して運ばれた少年には、理依と真弓が理解している事、
ここが吸血鬼の根城だとは認識できていないものの、
ここは一人ではない。全員には程遠いけれど。
やがて彷徨った視線は、理依が出て行くという扉へ]
……涼平君。絢矢。 ――リッキィ。――――
……帰る?
[一緒に逃げようとしていた子供たちの名を呟いて、
理依の言葉を茫洋と繰り返す。
背中の怪我は手当がされている。
痛みにベッドの上で膝を抱えて俯いた。]
[柔らかすぎる寝台から、身を起こす。
血で汚れたままで着てた服もぼろぼろで、
悪い夢じゃないことは、はっきりとわかる。
腕を捲くれば――サミュエルが布を巻いて、
円が手当てしてくれた包帯も、痛みもそのまま残っていた。]
……明君、
[
ごめんね……、
あの女の子、言ってたの、
何人か連れて行きましょう、って、
愉しそうに言ってたの……。
でも、わたし、止められなくて、
……何もいえなくて……、そのまま、
[明乃進は、ここにいるみんなは、
その連れてこられた子たちなんだろう。
[真弓の話をおとなしく聞いている。
直円や他の皆はそれを知ってどう思っただろう。
少年は緩慢な動作で寝台を抜け出ると、傍に寄った。
袖をまくった手を見て、そこに自分の手を乗せて、
熱の出た顔で曖昧に微笑む。
「ごめんね」と彼女が謝ったからだ。
あ……あぁ、気にしないでくれたまえよ。
今は、「生きている」ことをいったん喜びましょう。
[ちくり、と心に響くものがあったのか、
少し目が泳ぎ気味である。何せ、直近の記憶が土下座なのだ。
今のマユミの様子を見ると、バツが悪いものがある。]
[そろりと扉の外に出る。外は空気が冷えていてとても寒い。
道を頭に叩き込むように歩いてみた。
周りからはどこか物騒な気配がする]
…どうなってんだろ…ここ……
[材料を選ぶ、犬猫を飼う。
そんな基準で殺したり捕まえたりする。
吸血鬼にとって、人間は違うことなく家畜なのだろう。
あの時にわかってしまった、
彼らは人間を捕食する存在で。
みんなを殺さないで――命乞いの結果がこれだ]
[漆黒の少女の、酷く冷たかったあの手、
――感情まで凍りついていくようだった。
触れてくれた明乃進の手はとても暖かくて、
添えられた微笑みに心が脆くなるような気がした]
……明君、ありがとう……
[感謝の言葉を口にする、
どうしてかあまり目はあわせてくれなかったけど]
直君も、ごめんね。
あんまり、……喜べないけど、みんな無事でいてほしい……
[もちろん、彼の様子は知らなかったから、その善意を疑うことは無い。祈るような言葉と共に、重なる明乃進の手をきゅっと軽く握った]
− 現在・始祖の城 −
[盃を口元に運ぶ手を止めて、笑うホリー
背後で青い顔をした家畜両方に視線を向けた]
城にいるのは約束の2羽。
後の2羽は殺してはいないが、他は死体が多過ぎて
把握していないと問われたら伝えておけ。
[目覚めた雛達が声を掛けるとすれば、同じ家畜の方だろう。
歯の根も合わぬまま何度も頷く様子に満足そうに、
血酒を舌の上で転がした]
[その温度には、少し覚えがあった]
明君、……熱ある?
[看病に付き添ったりすることはよくあった、
彼の平熱はこんなに高くなかったはず、寝込んでた時に額に触れたことを思い出して、
その時と同じように額へ手を伸ばす]
……ちゃんと寝てて、お水貰ってくるから。
[足は震えない、きちんと立てる。
大丈夫、人間だって家畜の面倒くらい見る。
だから、水を貰うくらい平気だろう]
やはり女は処女の血が一番だな。
雛達にも女がいたな。
女には手を付けるな。
男達は好きに捌け口にするがいい。
女は純潔が、男は穢れた方が血は美味い。
[葡萄酒よりも粘度の高い紅い酒を盃で遊びながら
連れて来た雛達を思い出した]
[すとん、と寝台から降りて、
結果、理衣を追いかけるように扉に向かった]
……理衣くん?
[そうっと覗いて、その姿を探してから、
しんと冷えた気配のする廊下へ足を踏み出した]
[過去が頭に去来する。ぶんぶんと頭を振ってそれを消した。
あの時離してしまった手。ちいさくて震えていた手。
そしてサミィをおいて逃げたこと。
後悔と悔しさと僅かに残っている、死ななかったことへの安堵と。
時々、すれ違う人影に驚き、怯えながら探索を続ける。
周りからは殺意に近い視線を感じる。
けれど実際襲われるような気配はまだなかった。
どこを見ても同じような扉と廊下。
遠近感が乱れてゲシュタルト崩壊を起こしそうだった]
ですって。
良かったわね、貴方達にも遊び相手が出来たでしょう?
[家畜達を見て笑う。
家畜は家畜同士交わればよいと、そんな事を考えながら。]
ねえ、お父様。
このお酒せっかくだし、連れて来た雛たちにもあげましょうか?
[そう言ってくすくすと笑う。
それが何を意味しているのか、周囲の家畜達は察しただろうけれど。]
[直円の声に、視線を返してしばし後。
ゆっくりと首を傾げた。
彼が話す事は時折少年には難しすぎるのだが、
今はそれが理由でなく、泳ぐ視線に。
感情の表れない顔には、しばしば行動の意図も表れず
お互いがお互いに不思議がるという事もままあった]
……うん。
[感謝の言葉に頷いて、再び真弓の手に視線を戻す。
みんな……か。
[直近の記憶、彼は何と叫んでいただろうか。
「『僕は』助けてくれ」などと叫んではいなかったか。
覚えていない覚えていない、と振り切ろうとしても、
マユミを目の前にして、恥と罪の意識が拭えない。]
そそ、そうですね。是非無事でいてもらえれば。
何らの陰謀もなければ、きっと無事ですよ、ええそうです。
[マユミの顔を直視できない。]
正直言って、僕は読書会に行くになって、
諸君とあまり交流を深める機会が減ってしまっていたな。
はぁ……。
【人】 和算家 直円―回想― (158) 2014/02/08(Sat) 18時頃 |
[そしてまた何か思い付いた様に笑みが浮かんだ]
そう言えばあの意識を無くした雛。
あれは血だか死体だかが余程苦手なようだな。
あれを早々に家畜から部下へと昇格してやるのはどうだ?
最も嫌うものを永遠に渇望し続けなければいけない
楽しさを与えてやろうではないか?
[我を喪うほどの餓えとの葛藤は始祖にとって
娯楽以外何者でもなかった]
[すると、額に手が触れる。
少しひんやりして温かく、素直に瞼を下ろした。
水を貰って来ると言い、真弓がするりと離れてから、
少年が返事を発したのは少し遅れての事だ]
……真弓ちゃん。今日は、もう――
[今日、とは、いつの事だろう。
[結局、みなまで告げず、笑みだけが残る。
熱に浮かされて普段より朧なようだった]
はぁ……この状況でも、案じられる。
いやはや、マユミくんは「強い」なぁ。
[ぼそっ、と呟いた。はぁ、とため息をついて下を向いた。]
ごめんな、頼りない「お兄さん」で。
[誰にともなく、零した。]
[思考の時間の後、やはり緩慢に元の寝台へ戻る。
だが、眠ることはせずに懐を探して、
そこにいつも通りの物がある事に安堵した。
掌の上に引っ張り出して、動きを止めた。
きれいな色柄の小さな巾着には血が染みて、
半分くらいはごわついた赤茶色に変わっている。]
――、……
[薄く震えた呼吸を零して、口紐を解く。
指先の動揺で、ひどく手間取りはしたが。
中から円い手鏡を取り出すと、傷や壊れはないか、
汚れが染みついていないか、熱心に目を眇めた]
[どうやらホリーも似た事を考えていたようだった
ホリーは賢いな。
[目を細めた貌は家畜達には恐怖でしかないだろう]
1人だけでは贔屓になってしまうな。
それに他の雛達の顔をろくに見てもいない。
絶望に変わる前の姿を見ておくのも楽しいだろう。
ホリー、血酒の褒美だ。
お前にも雛の幾つかくれてやろう。
[人である最後の姿を見ておこうと玉座から立ち上がると、
給仕の家畜が反射的に地に頭を擦り付ける。
それを気にする事も無く扉を開けて廊下へと出て行った]
まあ、嬉しい。
ありがとうございます、お父様。
[そう言って微笑んだ。
ご褒美をあげる父親と喜ぶ娘。
日常の風景であればどんなに和む事か。
しかしそれは周囲で見ている家畜には恐怖そのものだろう。]
あ、私も行きますわ。
[トルドヴィンの後を、笑顔でついていくのだった。]
[明之進の後ろ姿を目を見開いて眺める。
誰に言ったつもりでもなかったが、何もなく寝台へ
戻っていく様子は、さすがに心にずしんときたのか。]
ははは……そうですね、そうですよね。
……ははははは、こいつは堪える。
[項垂れて乾いた笑いをあげるだけだ。]
[懸念した事が起きていないのを確かめると、
巾着に戻そうとして――その汚れに躊躇して、やめた。
左右の手に鏡と巾着が残り、直円の独白を聞く。
ぼんやりとした視線がじいと見守っていた。]
[そして、項垂れて空笑いをする段になると、
再び首を傾げるのだった。
今度は、彼の言う事の方が解らなかった。
相変わらず、現象と反応の間に独特の間隙が挟まる。
おもむろに立ち上がると、背中がずきりとする。
直円の傍にも近付き、真弓にしたと同じように
手に手を添えて、色なく静かに笑んだ。
その宥め方は、今ここにいない少女のために覚えたものだ。]
[
なんだか少し寂しそうに聞こえた。
先のことや、わからないことばかり考えて、
つい喜べないなんて、言ってしまったけれど]
ちゃんと、みんなには直君も入ってるよ。
[今、ここにいる皆のことは心配してないみたいな言い方に聞こえたのかもしれない、と、しっかりと念を押していった]
[>>:46 声が、重なる。
その響きの先が確かに聞こえて、口唇を噛む。
理衣はもう先へ行ってしまったのだろう。
この部屋で待ってる、なんて少しも肯定してないのに。
思い出すのは「女の子だから」という言葉に感じる寂しい気持ちだ。
戻る部屋の扉をよく見てから、歩き出す。
多分厨房へ向かえばよいのだろうけれど]
……、……あの、
[じっとこちらを見やる、眼差し。
吸血鬼のような怖ろしさは感じなかったから、
おそるおそる声をかけて、場所を尋ねようとした]
[マユミが自分をおいかけていることは知らない。
慎重にあるいていたからか、まだ部屋からそう遠くない所にはいる
静か過ぎるから、更に緊張の度合いが増してくる。
そしてその糸が最高に張り詰められた頃
肩を急につかまれた]
……え?
[それは吸血鬼たちが「家畜」と呼ぶ者たちだ。
何か血走ったような目で]
……明之進くん。
[直円自身がネガティブな方なので、独特の感覚の間に
臆病風にでも吹かれていたのだろう。]
僕が読書会に参加する前は、一緒に遊んでたのにね。
ああ、マユミくんの言う通りだったのやもしれない。
明之進くん、僕はやっぱり頼りないかい?
[重ねた手を強く握り返し、もう直接尋ねた。]
【人】 和算家 直円―昔話― (171) 2014/02/08(Sat) 18時半頃 |
【人】 和算家 直円[そう、それは『読書会に行くのやめた方がいい』と言われたときだ。 (175) 2014/02/08(Sat) 19時頃 |
[声を掛けられた家畜
少女を見つめて頭を下げる。
既に始祖のお気に入りの話は伝わっていた]
は、はい…何でしょう……私に何かご用でしょうか…。
[子供相手に怯えた様子を隠しもしない]
[感覚的な怖ろしさはない、
多分自分たちよりも、少し年嵩の女性だろう。
とはいえ、得体の知れぬ城の中だ、緊張は滲む]
あの……、
水がほしくて、厨房はどちらかご存知ありませんか?
兄弟が熱を出して、それで……。
[問いかけに応えは無い、ただ近づけばわかった。
覆われた首筋、精気のない眼差し、少しふらつくような足取り。
眉根を寄せた、この人は吸血鬼に血を差し出している人だ。
“家畜”という言葉の意味を知る]
[手が強く握り返される。
彼の中で曖昧なままにしておけなくなった問いに、
いくつか瞬きをして、眼鏡の目を見上げた。]
……ううん。
[直円の掌は、広くてしっかりとしている。]
[女には手を出すなと厳命が下っていた。
雛は殺すなと命令が下っていた。
自分と同じ人間で。
自分より遥かに子供で。
自分より薄汚れた存在なのに。
始祖のお気に入りの肩を掴んだ家畜
酷くぎらついていた]
お前、どんな方法で化け物に取り入ったんだ。
あ、……、
[
どうしてか深く頭など下げられて、酷く困惑する。
しかもなんだか早口で、怯えているらしかった]
み、水でございますか……。
[『水』と言う単語に瞳は定まらず、右往左往するが。
意を決したように、首に巻いたスカーフをするりと外す]
どうかどうか…ほんの少しだけ…ほんの少しだけにして下さい…お願いしますお願いしますお願いします。
[ガタガタと震え、何かを乞いながらそれでも首筋を差し出す姿。
よく調教された家畜にとって、喉を潤す水とは他ならぬ
家畜自身の血液しかなかった]
そう……か…。
[明之進の答えに、眼鏡の奥の瞳がやや綻んだ。
軽く彼の頭を撫でてやった。]
今は油断はならぬまでも、事態が逼迫しているということは
ないやもしれん。事実、僕らの待遇は不当に良きものだ。
明之進くん、熱があるのであれば、障ることもあろう。
ゆるりとご自愛なされよ。
………あぁ。
どうも僕たちは悪くはされていないようだよ。
安心はできないけど、熱があるなら少し休んでいるくらいなら
大丈夫……のような気がするよ。
[ふ、と口の端も綻ばせながら言い直した。]
え……ぁ……
[「取り入った」という言葉にとっさに返せず、
暫くは口を魚のようにぱくぱくさせるのみ。
やっと我に返って、つかまれた手から逃げるように体をひねり]
取り入ったって…どういう……ってか、はなせよ!
約束だっていってだけだろ!
[瞳の様子が緩んだのを見て取ると、
頭を撫でられるのをおとなしく受け入れる。
続く話に一度は首を傾げたものの、
言い直された二度目に、こくりと頷いた。]
うん……
[再び、そっと寝台に座る。
熱い手で巾着と手鏡を包み持って目を閉じた。
これで休んでいるつもりなのだ。
横になると背中が痛む気がしていた]
[思えば、最近では「わかりやすく語ってやる」という作業自体
していなかった気もする。少し衒学的に過ぎたきらいがある。]
お兄さんたちに任せたまえよ。
(……処遇に関して、交渉の余地はありやなしや。)
[顎に手を当てて考え込む。]
― 始祖の城 ―
……ぁ、…おはよ――、
[僕は目を開けて最初に見えた誰かに挨拶をする。
だって起きたんだから挨拶しないと。おはようって。
――あれ、そもそも僕、いつ眠ったんだっけ。
眠ったならみんなにおやすみって挨拶したしされたはずなのに、
誰かの泣き叫んでるみたいな声だけがかすかに耳に残っていて
あ、………っ!
[慌ててぎゅっと目を閉じて手で目隠しまでしたのに、
目の前に次々と怖かった光景が映し出される。
皆と一緒に逃げるつもりだったのに、逃げられなかった僕が味わった光景。
あれは遊びなんかじゃなかった。遊びなんかじゃ……
涼にーさんにも明にーさんにも、アヤにも。
遊びじゃなくって本気でああ言われるなんて思いもしなかったのに]
約束? 化け物相手に?
自分達だけ上手い事取り入りやがって。
どうせ誰か仲間でも差し出したんだろう。
俺の命だけは助けて下さいって。
卑怯者が!! 恥を知れ!
[まるで家畜自身の体験の様に決めつけ、罵る家畜は
既に正気を半分失いかけていたのかもしれない]
ただのガキの癖に!
[誰の気配も感じなくても監視の目は付いている。
命の危機があれば吸血鬼達は動くだろうが、それまでは
自分達も感じている苛立ちをぶつける様に。
雛が逃げ出せば家畜が追うのは止めるだろうが、
それまでは好奇の目で家畜と雛を見ているだろう*]
[任せたまえ、と告げる声は頼もしく思えた。
それを信じて、じっとして体を休める。]
[次に目を覚ましたのはリカルダだった。
珍しく(自分なりに)ぱっと顔を上げてそちらを見る。
彼女について、最後に見たのは背後に迫る危機だったから]
リッキィ……大丈夫?
[急いだつもりで、彼女のベッドに行こうとした]
卑怯って…ちが…
[自分だけ。その言葉にはっとする。
自分は連れて行ってくれと言ったのだ。
自分は殺されないとどこか思っていて、
他の子供たちの生死間で考えられなかったのも事実で]
……そんなこと、ないし。
俺、友達を…助けたくて…
[腕を引き離そうとつかみ返したけれど、
その言葉にうなだれるだけ
さげすまれるような目に、我慢していた悔し涙が滲んだ・けれど]
じゃー、そのガキに何しようってのさ、
いい大人のくせに。
悔しかったらアンタも取り入ったらいいじゃんか。
[始祖の前を塞ぐ者はいない。
その横に並ぶ者も。
僅かに下がって付いて来るのはホリー
自然に生まれた暗黙のそれは力の差でもあった]
年齢も手ごろだ。
戦士として育ててもいいだろう。
彼らの手で、嘗て彼らを助けようとした守護部隊の
息の根を止めさせるのも面白そうだ。
[その守護部隊に雛達の生き残りが1羽でも混じっていれば
もっと楽しいのだが、と付け足したが。
それが現実になると知るのはもう少し先]
ハッ、化け物のお気に入りとやらのおともだちかよ。
そのおともだちを助ける為に誰を売ったんだ!?
親か?教師か?嫌いな奴か?
[子供相手にムキになっている事を突かれて更に逆上する]
俺はな! 俺達人間はな!
てめえみたいな悪魔とは違うんだよ!!
[怒りに任せ、家畜は首を締めようと手を伸ばした]
確かにそうですわね。
まともに戦えるのが、私とお父様だけですもの。
[そんな事を言いながら。
守護部隊に雛の生き残りが居ればと言う言葉には頷いていた。
自分に最後まで刃向かおうとしたサミュエルと言う雛。
彼が育っていればさぞ良い戦力になるだろうと。
口には出さないがそう考えていた。]
楽しみですわ。
…………明にーさん?
[とっても知ってる声が聞こえたけど、僕はまだ目を開けられないでいる。
僕が思い浮かべた光景の中には明にーさんが僕らを庇って切り裂かれたところも含まれてる。
もし明にーさんがあの時のまま、赤いままだったら……?]
[答える前に首に手が伸びて来た時、今まであげなかった悲鳴があがる。
…昔、父親にされたことだ。一瞬それがフラッシュバックしたからだ]
「お前が殺したんじゃないのか。自分だけ逃げやがって!」
売ってなん、か……
[絞められて、息苦しさに涙が溢れてくる。「悪魔」「人間」
どっちがどっちで、どこが違うんだろう]
うる、せぇ!ただの人間のくせに!
俺に手ぇだして、あいつに殺されてもしらねぇぞ!
[恐怖感になりふり構っていられない。
逃げられるなら…生きるならなんでも利用する。
暴れしながら口にした言葉に僅か顔を青ざめさせたけれど]
――リッキィ。
[枕元につくと、己を呼ぶ声がした。
長く吐く息が零れた。
閉じた瞼の奥で、瞳が微かに揺らぐのをつぶさに見入る]
……僕たち、「生きている」って。
[直円の言葉を繰り返して伝える。]
リッキィ、大丈夫?
痛い、ところはある……?
[雛鳥の過去や心など関係なかった。
関係あるのは、彼が始祖のお気に入りだと言う事]
くそがっっ………。
[上げた悲鳴
煩い口を黙らせようと、首を絞める手に込めた力が…抜ける。
雛鳥の眼前で、家畜の首が真後ろに折れた]
『立場を弁えろと言った筈だ』
[監視していた吸血鬼の忠告を聞く筈の家畜の命はもう無い。
雛鳥が口にした通り、報いを受けたのだ]
『…………』
[監視の吸血鬼は雛鳥に怪我が無いのを確認すると
忌々しげな色を隠しもせず、一礼して下がっていった。
そしてまた静寂だけが廊下を支配するのだった]
―始祖の城・雛鳥達に与えられた巣箱の中、で―
[零瑠の両の瞼は降り、未だ眠りに着いたまま。
日頃は左を下に、心臓を庇う様にして寝ているのに。
今は仰向けになり、胡桃色の睫毛が天井を向く。
顔や髪は綺麗に拭われ、血を被った跡など耳の内側にすら残されて居なかった。服も新しいものに変えられているのは、些細な事で意識を手離させない為であろう。
紅が良く映えるよう、それは真白な服。*]
早速愚か者が出た様だな。
[静寂が支配する城では悲鳴がよく響く。
覚えたての囀り
贈るのは雛鳥を鳴かせた相手。
監視は付けてあるので何も心配する事は無い]
雛鳥達は全員お目覚めか。
[囀りが聴こえても、方向を変える事も足を止める事も無い。
雛鳥達の仮初の寝床へと辿り着くと中の気配を探る]
ひっ…!
[首が真後ろに折れた瞬間を見てしまった。
ありえない方向に曲がった首がそのまま元に戻らない。
手は放されて床に落ちた。
静かな言葉を落とす吸血鬼の眼は冷たくて何も返せなかった]
う、ぅ……うわぁああああああ!!!!
[あの血まみれの現場よりもある意味衝撃的な場面だった。
人とはこんなに静かにあっけなく死ぬのだと
静寂を破るような大声で叫んだ後、
自分は今来た道を情けないほどみっともない姿で逃げ戻った
タイミング的にあの金髪が来るちょっと前のこと]
死ぬ…殺される…殺される殺される殺される……
[何をきかれても、これだけしか言葉にできなかった]
y
僕たち……、生きてる?
生きて、 〜〜〜っ。
[僕は近くまでやってきた明にーさんに手を伸ばそうとする。痛くなって途中で止まるまで。
手さぐりするように手の指だけ動かしたら何かに触れたかな]
明にーさん、良かった……。生きてて、よかった。
[僕のふたつの眼には明にーさんの顔がしっかりと映ってる。泣いて視界がぐしゃぐしゃになっても、にーさんをちゃんと見たって事実はかわらない。
よかった]
僕は、だいじょうぶ。それよりにーさん、起きてて……いいの?
みんなは、………アヤは!?
[せめて涙拭いてから訊いた方がよかったかな。でももう遅い]
その様ですわね。
[トルドヴィンの声に頷く。
囀りは彼女の耳にも届いていたのだった。
監視役の吸血鬼に何が起こったのかと聞けば、家畜が雛鳥に手を出そうとしたと聞いて笑みを見せた。
監視役も、短気を起こせば同じようになると優しげに告げる。
その言葉に監視役の中には嫌な顔を見せた者も居たようだった。]
[リッキィは痛そうな顔をする。
動いている指に、そっと手を添えて握った。
こちらの手はまだ熱いままだが、彼女はどうだろう。
泣き出してくちゃくちゃになってしまうから、
少し迷って、着物の袖で拭ってみるものの、
続いた問いには答えられない。]
――――あ……絢矢、は
[解らない、と、唇が戦慄いた。]
……ごめん、なさい。
[その沈黙を破ったのは、理依が駆け戻ったこと。
何事かと視線を向けると、出て行った時とは真逆の
凍りついた蒼白の顔になって見える。]
理依君……
[そちらへ体が傾きかけて、リカルダを振り返る。
しばし二人の間で視線を彷徨わせて、
少女の指を、きゅっと握った。]
―巣箱―
[零瑠は目を覚ます。
個々は何処か――見知らぬ天井に、焦点の合い始めた視線が揺れる。
耳に届く声は、『殺される』と繰り返すばかり。
…………
[部屋の扉が始祖と純血の為に開かれたのは、ちょうどその頃か。]
[囀りと呼ぶには大きすぎる音量
丁度向かう部屋へと消えた音に、手間が省けたと、
扉の前に立つと何処からか現れた監視役の吸血鬼が
そっと扉を開ける]
少しは疲れが取れたか?
[まだ目覚めぬ者もいただろうか。
戻らぬ者もいただろうか。
一通り見渡して]
どうした?
今までの生活とかけ離れ過ぎて感謝の言葉も忘れたか?
[環境の変化にまだ付いていけないかと、機嫌を悪くする事は無い。
むしろ知らぬだろう上質の世界に触れた雛達の様子を
興味深げに観察していた]
[部屋に戻って、何回か深呼吸をしてようやっと落ち着いた。
良く考えろ。なんであの「家畜」が殺されたのか。
自分に手を出したら殺された。
なら、まだ暫くは命の危険があるようなことはないのかもしれない
柊や零瑠と一度目が合う。
けれど言葉を発する前に開かれた扉。きれいなきんいろ]
……ぁ。
[理依が戻って来た直後。
急にぶるっと震えて、扉に視線を固定した。
そうすると、ひとりでに扉が開く。
否、向こうから開かれて、白面金糸の男が姿を現す。
続いて控え立つ黒髪の少女もか。
それは過日の――]
――――……
[邪魔にならない程度に、トルドヴィンの背後に控え。
中を見回していた。
一人一人の顔を観察するように。
中には、こちらに敵意を向けてくるものが居たとしても今は受け流す心算で居て。
トルドヴィンの言葉に、背後で微笑んでいた。
ただし、目は笑っていなかったが。]
[あぁ、『天鵞絨』は『びろうど』と読むのだったと――
ぼんやりと入室者に視線を遣り、室内を巡らせる。
ひとり、ふたり……と姿を認め。
『異常』に気付く。
落ち着かない様子でベッドの柔らかさを確かめ、部屋の明るさに目を細め。
視線は再び、吸血鬼の二人へ。
両の目を見開き、半身を起こし、手は懐を押さえる。]
[部屋の中を見渡すとマユミの姿がない。
一瞬血の気が引いたけれど、先程のことを思えば多分大丈夫だ。
迷子になったところできっと監視されているし連れ戻されるだけだろう]
…ここ、どこですか。
こんなとこに俺たちいれても綺麗になんてなりませんよ。
[先程の「家畜」は随分と汚いものを見るような目でこちらを見ていた。
きっと、吸血鬼にとっても自分らはそういう存在なんだろう。青ざめた顔はそのままに、なんとかきんいろと黒髪の少女に声を発した]
………いいよ。行って来て。
僕はここで……、
[リーにーさんが何かに怯えている声がする。
気になる。けれど僕の全身は力が抜けたように動かなくて、
明にーさんと絡めた指はわずかに震えている。
だってさっき、アヤも生きてるって明にーさんははっきり答えてくれなかった。
白いコートの人に抱えられてそれから……?]
我慢してる、から。
[痛いんだ。心が。
でもそれはきっとみんな同じだから、僕ひとりがワガママを言ってるわけにはいかない]
――――……ッ!
[だけど、部屋に金髪の知らない人達が入ってきた時、
僕は我慢できなくなって声にならない悲鳴をあげたんだ]
え……ええ、まずは命あることに感謝を。
[ごくり……唾を飲み込む。背中が震えている。
一度明之進たちの方を振り返って、可能な限り勇気を出して。]
僕たちはな、何なんですか。捕虜ですか。
捕虜だとすれば、国際的な取り決めに従って虐待など
非人道的な待遇は受けないことになっていますが、
その通り扱ってはもらえますか。
まさか……何かの陰謀に巻き込まれたのですか。
あら、足りないわね。
これから大事な話があるのに、いけないわ。
[監視役の吸血鬼を呼ぶと、黒髪の女の子がどこかに行ってしまっているから連れ戻して欲しいと伝えた。
その際に、大事な相手なのだから絶対に乱暴な真似はしない様にと念を押して。目の前の吸血鬼が嫌な顔をすると、こちらも目を細めて脅かしていた。]
[皆を睥睨する視線。
手を繋ぐリカルダは、きっと怪我をしている事に思い至る。
声にならない悲鳴があった。
もう一度、指を握り返して、そっと位置をずれ、
自分の体で少女を隠すことを試みた。
表情はやはり、感情のない霧ではあったが、
ずきずきと――薬でも切れたのか、痛みは増している。]
[何故、サミュエルと周が居ないのかと、理依に投げる視線は今は合わない。]
………ありが
[感謝をと。求められるがまま舌に乗せて途中で止める。
トルドヴィンの背後、唇だけの笑みにびくりと肩を震わせて。
ふっと息を吐き出して笑みを浮かべ、礼の続きは頭を垂れる事で示した。]
どうやら全員元気そうで何よりだ。
[音は無くても空気を裂く振動は確かに響いた
それを静かに庇う者もいた
するりと感謝の言葉を述べたかと思えば
おかしな質問を付け足す者もいた
感謝を言葉から態度へ変える雛もいた
そして相変わらず引かず何かを探ろうとする雛
何だ、自分達の立場も知らないのか。
[教えて無かったのかと、控えていた吸血鬼に視線を向けたが
それ以上何かを咎める事はしなかった]
[直円の背中が見えてほっとする。
『お兄さん』でなければならないという思いから少しでも解放される。
明之進とリカルダは共に傍に居る。
理依はもう平気なのか、虚勢や強がりでなければ良いと、誰よりも一番遠くで見。
足りないのは誰か。程なくして連れられてくるのは真弓だった。]
少なくとも夢の世界でない事は確かだ。
ここは私の城。
吸血鬼達の集う聖域。
[三日月の笑みから覗く牙]
そして私が全てを支配する者。
トルドヴィン=エメリッヒ。
お前達の永遠の主人だ。
……これで、『全員』?
[思わず言葉に出してから、両の手で口を塞ぐ。
服が着替えられ、懐刀の重みが消えている。
その事もあって、落ち着かない。
『約束』を守っただけではないことは、孤児院に居た吸血鬼と守護隊の交戦で分かる。]
っ!
[視界を染めた紅を思い出しそうになり、ぎゅううと硬く両目を瞑る。]
トルドヴィンお父様は始祖吸血鬼。
全ての吸血鬼の頂点に位置する方と言えば分かるかしら?
お父様がどんな存在なのかは。
[そう告げると、微笑んでから名乗る。]
あたしはホリー。
ホリー・ニルヴァーナ、純血の吸血鬼よ。
これから長い付き合いになるだろうし、よろしくね。
[雛達の質問の答えとしては不親切極まりないものだろう。
だがそれ以上何が必要と言うのか]
ああ、安心するがいい。
残りの2羽は殺してはいない。
ただ私の祝宴にしては寂しいものだったからな。
巣に火を放ったから、巻き込まれたかもしれないが。
[『全員?』と訊いた雛には答える必要があったかと
事実を告げる。
約束は破ってはいない。
ただ勝手に火の中に飛び込んで焼け死ぬのは別だ]
零瑠、大丈夫?
[目を瞑った彼が気になる。
血にはとにかく弱いから。
そしてトルドヴィン、ホリーと名乗った二人を見る
吸血鬼。始祖?なんだ。それ。
それに長い付き合いって、何のことだ]
長い付き合いって…食べるまでの時間?
だったらさっさと食べればいいじゃないか
……――永遠。
[端麗な発音から最も耳に残る言葉を自然と零す。
自分達が置かれていた室内は決して暗くはなかったが、
トルドヴィンを名乗る者が現れ、その容顔を見れば
まるで内側に月影を含んでいるように思えるのは、
彼が支配する者だからだろうか。]
……だ
[大丈夫ではなかった。けれど、今は大丈夫でなければならない。緩く首を振る。
零瑠の重い瞼を抉じ開ける、声が響いた。
名乗るのは、支配のためか。長い付き合いのためか。
革色に一瞬浮かばせたのは躊躇、拒絶、愁、
―――――――――希。]
そ、
[ん、な。]
[目を閉じた雛
現実から逃げようとしているのか、余程嫌われたか。
傍から見ても判るほど機嫌は良くなっていた]
おや。熟成させてと思ったけれど。
折角勧められたのだ。
感謝の気持ちと受取っておこう。
[捕食者たる紅の瞳が金へと変わる。
一歩踏み出すと次には純白の布を付けた雛の前に]
吸血鬼……。明にーさんを傷つけたバケモノ、も?
どうして? ねえ……。
[僕はベッドに横たわったまま知らない大人に問いかける。
金髪の人が吸血鬼の頂点ってことは、明にーさんが今こんなことになってるのはつまりこの人のせいってことなんだよね?
まだ握り合ったままの明にーさんの手は、熱出して寝込んでいた時みたい。
顔は苦しんでいるように見えなくてもきっと……。
それだけじゃない。今僕がここにいるのも逃げられなかったのもアヤやみんなと離れ離れになったのも元をたどればこの人が悪いんだ。
―――許さない]
[金の瞳は捕食では無く繁殖の色。
魅了し、相手を同じものへと変える能力を牙に載せて
相手に注ぎ込む。
能力を注がれた相手は間を置かずに強烈な飢餓を覚え、
渇きを癒す術を求める。
最初の飢餓を癒すのは同族の吸血鬼の血のみ。
そして血と力を分け与えられた生まれたての吸血鬼は
永遠に断ち切れぬ鎖に繋ぎ止められる]
[重たく瞬きをした次の瞬間には、月影はそこにない。
だが、首を傾げる必要もなく、くるりと首を巡らせた。
零瑠のすぐ前に居る。
――ここに来て、初めに見せつけたものは牙]
……や、
[少年が声を上げた時には、吸血鬼にとっては
欠伸が出るほどの間を経ていることだろうが、
片手にリカルダの指、もう片手に巾着と鏡を確と握り。]
めて――
始祖――…って……
[さ迷う視線は直円の背に。
読書会で得たのだと、吸血鬼のことを話して聞かせてくれた中で、『始祖』は何だと言っていた?]
安心、えぇ、安心、した…。
ありが、と ござま ……す。やくそ、まもって…
[理依に謝らなければならない。彼を少しでも疑ってしまったから。
二人が直接殺されなかった事を喜んで良いのか、生死が分からぬことを嘆けば良いのか。
二人だけではない、他の――絢矢は、キャロライナは、円は、涼平は、ジョージは………守護隊の人は――。
炎と肉を焦がす臭いを思い出し、再び口を塞いだ。
瞑る目の端から涙が零れる。
何が『祝宴』か。
あんな風に炎を上げて。あれではまるで……]
あなたも、今日が誕生日……?
[化け物と呼ばれても
化け物では無い。お前達の主人だ。
そしてお前達も同じモノになる。
[当然の様に言い放ち、改めて礼を口にする雛
お前もリーと同じく聡いようだ。
[零れる涙を指で拭い、そのまま口を塞いだ手をどけさせて]
私ではない。雛鳥の新しい誕生日に、最初の贈り物だ。
[あなた『も』と問うた雛鳥の贈り物に。
その首に牙と金の能力を突き立てた]
[
困惑と戸惑いに少し後ずさる、首を横に振る]
……あの、違うんです。
違います、そうじゃなくて、……普通の水を。
[酷く震えている女性は、憐れに見えて、
でも恐ろしく感じた、ここにいたらこんな風になってしまうのか。
自分の言葉はまるで通じていないようだった。
後ずさる足、そのまま踵を返して、
どうにか厨房らしきへ辿り着いた。
――人間がいるなら、必要な場所だ。
そして、水差しを手にした時に冷たい手に捕まれた]
[影が落ちた。瞼の裏の桜花が消えたのだ。
ゆるゆると顔を上げる。
『底にあかみなきを黄染めといふ』
あぁ―――鬱金だ。
微笑みの中に新しい色を見付けた。
―雛鳥の巣―
[そのまま血を吸われるのだと思ったのに
相手はそんな敵意もあったのに、なぜか最初の部屋に連れられて来た。
いぶかしんだまま、扉は開かれて。
すぐに気配を感じた、――あの絶対的な黄金の闇]
……あ、
[足が竦んで震えた、けれど]
「始祖」……とは有り体に言うと、
「世界でも有数のとてもすごくて偉い吸血鬼」ですね。
[努めて平易な言葉で形容した。そして、少し目の色を変えて。]
閣下が僕たちの主人に……なると?
僕たちは……選ばれた、そういうことですか?
[言ったあとで、はっ、として申し訳なさそうに目を伏せた。]
[目の前で引き裂かれた幼子。炎が渦を巻いた死の赤。
急激に脳裏に蘇って、表情が使途不明の微笑で凍る。
視界を染め変えて思ったのは、同じように
零瑠が殺されてしまう、という事だった。
リカルダの寝台の傍から膝を立ち上がらせようとして、
上手く行かずにほたりと絨毯に手をついた。
ビリッと肩から背に痛みが走っても、
まだ頭がぼうっとして、ゆらゆらと霞が揺れている。]
あ゛っ ぁぁあッ
[悲鳴は長く尾を引いた。
涙を拭う指も、手首を掴んだ手も恐怖を感じさせぬものだったのに。
首筋が熱い。逃れたくとも手首を強く抑えられている。
首を仰け反らせればする程、牙は深く入り込み、
胡桃色と金色が僅かに交わる。]
――……やめて!
[
喉の張り裂けるような声が出た。
けれどそれは何も止めてはくれなくて]
零瑠くん……、
[縺れる足で駆け寄ろうとした、
彼もあの女の人のようになってしまう、それが怖くて。
けれど事態はもっと恐ろしいことだなんて、知らなかった]
は……はわっ…………わわ…………。
[零瑠の身に起きている「凶行(便宜上)」。
直視できない……が、目をそらすことができない。
直円、勇気を出せ、お兄さんだろう…………
そう何度も何度も心のなかで唱えて、唱えて。]
ばばば、蛮行はや、止めていただこう……ッ。
ぼぼ、僕は受け入れる、受け入れますよ!
だから、そういう、こう野蛮なことは……。
[彼の顔には苦渋の色が滲んでいる。
後ろを振り返って申し訳なさそうな表情を浮かべて。]
ただひとつ、質問が赦されるのであれば……。
[悲鳴
とても耳に好い音に、牙を立てたまま嗤う]
どんな心持ちだ?
[制止の声
注いだ力の変化を確認する様に、
牙を離すと雛の顔を覗き込む。
わざと襟ぐりを晒しながら、交ざる金の色を見た]
零、瑠君――……っ
[立て、なかった。
手と膝で這って彼の傍に向かい出すのも牙が離れてからだ。
あえかに開いた口から熱に弱った息を吐いて、
零瑠に取り縋ってその顔を見ようとした。]
止める事は無いわ。
光栄な事よ、お父様が直接だなんて。
[そう言って笑う。
その言葉は確信に満ちていた。
ホリーもまた、他の皆とは別の意味でトルドヴィンに対して狂信的であったが故に。]
[―――否。
逃れる意志など金の瞳に魅入られた時に霧散してしまったのだ。
牙の離れる頃には甘やかさの交じる啼声に変わり、
革色の瞳に紅が混じゆく。
皆の声が遠くに聞こえるようだ。
すぐ近くで零れる始祖の声もまた。]
………ん
[右の手で自らの喉を抑える。声を上げすぎたせいではない。
渇くのだ―――とても。
気分を問われ、相応しい言葉が見付からずに緩く微笑む。]
【人】 和算家 直円―むかしばなし― (244) 2014/02/09(Sun) 00時頃 |
[明乃進の傍らに、零瑠の様子を見やる。
明乃進だって随分辛そうなのに、と手元の水差しを握る。
口唇を噛み締めて]
……光栄なこと?そんな、
だって、血を吸われたら……あの“家畜”の人みたいに、
[漆黒の少女が笑う、
彼女に縋ろうとしてしまうのは、
年の頃も自分と近く見える少女だからだ。
彼女も吸血鬼であることには変わりないのに]
み、ず………
[蕩けた様な眼差しを、金から首元へと移す。
前に傾いだ身を止めるように腕を引かれ、明之進を見下ろす。
僅かに牙の先を零し。彼の露になっている肌を見ても、何かが違う。]
――あき。生きてる、よ。おれ…。
血を吸われたんじゃ、なくて………
[真弓の持つ水差しを見ても、やはり違う。]
[金は紅へと、悲鳴は艶に。
確かな変化
喉が、渇くのだろう?
餓えのままに喰らうと良い。
[雛鳥が近寄って来ても
渇きのまま彼に喰らいついても喉の渇きは癒えはしない。
もっとも、それでも面白いとは思っていた。
最初の食事が同じ巣で育った者達と言うのも一興だ。
餓えの命じるままに牙が何を選ぶかを見つめていた]
どう、いうこと…?
[僕らもバケモノになるんだって、そう言った時もうレイにーさんのまえにそいつはいた。
そいつの口から生える牙を目の当たりにして僕はまた目を閉じてしまう。
レイにーさんの悲鳴がやむまでそうしていた。
震える僕を包むベッドの感触は僕がいた世界では味わったことがなくて、ただうっとうしいだけ]
閣下たち……は、「始祖」閣下を頂点とする
『一枚岩』の集団…なのですよね?
[質問の許可が出ようが出まいが、そう発言した。
『一枚岩』というフレーズを発するときは、
ちら、とホリーと名乗る方を眺め、反応を伺った。]
もう……僕たちには、「そうなる」以外の選択肢は。
いや、そもそも「選択する」許可もないのですね。
[目を伏せた。]
[酷くうろたえる様子
視線を孵った雛から離さずに]
牛や豚や鶏や魚を殺すのは蛮行でないと言い切るのか?
お前もまた現実を見れぬ愚者と言う事か?
だが弁えた姿に免じて訊きたい事があるなら訊くが良い。
[答えるかどうかは気分次第だが]
―――…レイにーさん、明にーさんっ
[僕はベッドから降りて二人の近くまで向かう。
急いで駆け寄ろうとしても身体が言うことを聞いてくれない。ぺたりとしゃがみこむ。
その時ふと後ろを振り返って、真っ直ぐ歩けてなかったことに気付く]
……零、……――
[「生きている」、と零瑠は答えた。
だが、直円に言われた時のそれとは違い、
とろりとした声は明之進の表情を緩ませない。
――だって、目の色が違う。
下から顔を覗き込むと、口の中が見えた。]
お言葉ですが!僕は、牛も豚も鶏も魚も食べられませんので。
[主義というか、単なる偏食なのであるが。
言葉を返す様は、いささか申し訳なさそうだ。]
……どうせ、「選択」の自由が認められないのであれば、
「偉い方」の下につきたいものですよ…。
[彼の目には「諦め」の色が広がっている。]
[年少の者たちの方を振り返って、気の抜けた表情を見せた。
その眼差しが物語っている。
「もう抗えないよ。僕はもう 諦めたよ。」
…と。]
[口の中が干からびてしまいそうだ。
頷き
唇を、喉を、水が潤してもそれは表面だけ。]
……ちが、う? どーし、て
[やはり違うのか。]
水?水ならここに……、
[
だから、水がほしいのかと差し出そうとして、
――何故か言葉を失ったような明乃進に気をとられた]
明くん……?
[何度か見てきたから知っている。弱い息、目元が僅かに赤く見えるのは明之進に熱がある証拠だ。
表情を変えぬ彼の
水で足りない身体になってしまっているようね。
おめでとう。
[そう、これで家畜から同じ吸血鬼への道を歩みだしたのだ。
これは祝福されてしかるべきだろう。]
あっ、……、
[いきなり水差しを奪われた、
零瑠のこんな乱暴な様子はみたことがなくて]
ちがう……?
[その言葉に水を求めたのに、
喉首をさしだした女性のことを思い出す]
っ、明くん……!
[その手を引いて、
咄嗟に零瑠から遠ざけようとして、
けれど自分の手はきっと届かない]
ほう。安心しろ。これからも牛も豚も鶏も魚も食べる必要は無い。
[問われた内容
雛でありながら、難しい言葉を使い、
権謀の一端を齧ろうとさえするようで]
小賢しい。
だがお前は這い蹲って必死に縋ろうとする様が私を楽しませる。
そう簡単に傍に寄れると思うな。
[近寄りたくても近寄れずに足掻けば良い。
その小賢しい頭で失脚を謀ろうとするなら、
それも退屈しのぎになるだろう。
ちらり、ホリーに視線を投げれば、意図は伝わるだろうか]
[熱を持った背中が痛む。多分、無理に動いて傷に響いた。
自分では見えぬ傷口が開いて、血が滲む図を想像する。
水を干しても潤わないと言う零瑠。
諦観してこちらを振り返る直円。
柊は鬼を刺す木だという――]
……零瑠君、
痛く、ない?
[年長の零瑠には何度も看病されていた。
頭を撫でる手も、安心させる笑顔も知っている。
微かに首を傾げて尋ねた。
[水で潤う事の無い渇きに苛まれ、
同じ巣の雛の唇に近付く同胞
水では渇きは癒えぬ。
[渇きの背を押す様に、ヒントを与える様に自らの中指に牙を立てた。
切裂かれた皮膚から溢れる血は、嘗て雛鳥の意識を奪う
切欠になるものだったかもしれない。
だが変化した今は。
血の色は、香りは、どう作用するのだろう]
〜〜〜〜!?めめめ、滅相もございません!
どど、どうかお許しを閣下!!
[ひっ、と怯えたような表情を浮かべた後、土下座を敢行する。
靴を舐めろといわれたら、もうそれは舐めにかかりそうな勢いで。
諦めの境地か、長いものに巻かれたのか。]
(……あぁ、どっちに進んでも「地獄」、なのか)
[土下座の姿勢で、零瑠と明之進の様子を見ている。
マユミのように止めに入ろうとはもはやしなかった。
その目からは、完全に「抗おう」という気骨は消えていたから。]
[零瑠から離れない明乃進に、
どうすればいいのか、助けを求めるように見やって、
けれど気づけば直円は――
直くん……?!
[彼は一体何をしてるのだろう、
口をぽかんと開けて見つめてしまった]
[横合いから、真弓に呼ばれる声がした。
だがそちらを振り向けなかった。
零瑠が零瑠のままでいる、しるしを何処かに探している。
鬼でなければ痛くない。
革色の瞳も、あかく刺してしまわないで済む。
もし、彼が痛むそぶりを見せたなら、
自分はすぐに彼から離れないといけない。
そうしたら二度と触ってはいけない。
けれど、鬼じゃなかったら。
血を怖がる家族が自分にしてくれたように、
頭を撫でたって、大丈夫だと手を繋いであげたって]
……っ、ぅ。
[僕のいる場所からではレイにーさんの眼の色が変わっているのを見て取れない。
でもにーさんは「生きてる」って言った。
だいじょうぶ? 僕は「よかった」って言っていいの?
僕は何が起こっているのか理解が追い付かない。
だからにーさんやねーさんに助けを求める。
リーにーさん。マユミねーさん。それから直にーさんと順々に。
直にーさんはさっきから金髪のあいつと難しい話をしているけどもしかして……]
めっそうも、…?
[やっぱりなんのことか分からない。
地面に手をついてるにしては声の調子は元気そうだし]
[トルドヴィンの視線
目の前の相手を自分の方へと引き寄せるようにした。
そして口の端からは牙が覗いていたのだった。]
お父様の祝福ではなく。
このあたしが祝福を与えるとしましょうか。
土下座などおよしなさい?
貴方はこれから、搾取し喰らう側に回るのだから。
[土下座した相手
それとも、見苦しいからってさっさと殺して欲しい?
[明之進の背に回した指先が、服に染みた何かを捉える。
僅かに紅色に染まった中指。
牙は痛くないわけではなかった。だから正直に]
……始めだけ
[と告げる。春風に乗って届く桜花よりも甘い香りがした。
唇が触れ合い、牙の先が僅かに刺さる。
息を吸う様に細管を通り口内に広がる味は――血で。
一層の渇きを招くだけ。]
[――平気だよ、と、優しい声が欲しかった。
部屋に降る雨はそこに有りて無き希望の]
――ッう!
[僅かだが、唇を噛み刺された。
傷という単純な刺激には、単純に生物としての苦痛を示す。
駄目だ。もう――駄目なんだ。
ようやく、手に拒むための力を、未練がましい弱さを込めた。
背に回った指が傷に圧を掛ける。]
[零瑠が明乃進を捕らえる、
漆黒の少女が直円を捕らえる。
何が起こるかは、わかってしまった。
リカちゃん……、
[彼女の傍に歩み寄る、
適うのなら抱きしめてその目にこれから映るものを、
どうにか見ずに済ませてあげたかった。]
ふふ、普通に殺してくれ、と言って。
それを素直に受け入れてくれる、そんな手合いには
どう転んでも。僕には見えない。
[引き起こされて、諦めのまなざしをホリーに向ける。
零瑠の様子を見てだ。完全に「屈服した」のだ。
もう抵抗も何もない。]
マユミくん……これはもう逆らえないよ。
無理だ。話せばわかる相手でも、僕たちの力が及ぶ相手でもないよ。
ごめんな、僕はもう「すべてを受け入れる」ことにするよ。
孤児院を襲ったこと、僕は決して許せないけれど。
まず 「死にたくない」 んだ。
[唖然としたように見るマユミに。]
[口付けの様に突き刺さった牙と、喉の動き
拍手を送るべきかと迷ったが、今更片腕が無い事を思い出し
忌々しげに息を吐いた]
初の食事の感想を聞きたいところだが。
今はまだ完全ではない。
今のお前の喉を潤すのは、これだけだ。
[まだ乾きを訴えているだろうその鼻先に、
紅の雫を纏わせた中指を差し出した]
これを呑んでからもう一度喰らうと良い。
世界が変わる。
[――今も。
明之進の問うた意味の、どれ程が零瑠に伝わっていたかは分からない。
未だ人と鬼の狭間に居る雛に、刺さる棘の傷みは『始めだけ』。
こうして家族に牙を見せても。
リカルダの、引き留めるような声に振り向けずに居るのも。
―――抗えずに居るのも。]
[目視に入る赤雫は、夢の続きを見ている様。
親から餌を与えられるまま、その中指を口に含む。
金平糖よりも羊羮よりも。
甘いあまい、味がした。
強く吸い、傷口へと舌を這わせ。]
―――も、足り…
[水を飲んでも、生えた牙が血を啜っても、この渇きを満たしてはくれなかったのに。
どうかしてる! 叫ぶような理性すら注ぎ込まれた力が捩じ伏せようとする。]
とる……とる、ど……さ
[縋る様に囀り、指の先を辿って左の肩口に噛み付いた。
腋下から腕を回して縋り付き、渇きを潤す甘美な味に伏せた睫毛と喉を震わせる。]
なにするつもり…?
[黒い髪したあいつの仲間(だろう)が直にーさんに危害を加えようとしている……?
慌てても何しても大声なんて出なくて、僕の声は僕自身でも分かるくらいに薄っぺらで頼りない]
マユミねーさん、僕たち……、どうなっちゃうの…
[僕はマユミねーさんにぐったりと寄りかかる。
少なくとも死ぬことはないって、それだけはわかってた。
だけど死ななくても何か大事なものを失えばもう駄目になるって、
その時の僕は分かってなかったんだろうね。
死にたくないという“願い”にすがるだけじゃ、僕はみんなの“希望”にはなれなかったってことを]
―――… 僕だって、…死にたくない。
[僕はただ生きることを望んだ。
それが、生かされることを望む返事と同じ意味になるなんて考えもしないで**]
[飴玉を頬張る様に指を舐める雛
まさに親鳥の様に見つめていると、雛は囀りながら
牙を向けた
たっぷりと呑むと良い。
お前の初めての食事だ。
[早々無いが肌を刺す牙と奪われる体液に昂揚してくる。
新しく生まれた同胞の存在に細胞の一片まで
喜んでいるようだった]
ようこそ、支配者の世界へ。
[どれだけ雛は啜っていたか。
満たされた様子を見せれば、その頭を撫でながら
身体を引き離す。
まだ雛達は残っている]
……直くん!
[寄りかかるリカルダを抱きしめながら、
どうして、と眉根を寄せる。
死にたくない、という言葉、
もちろんその意味はわかる、けれど]
直くん……、直くんは、
みんなのためにえらくなりたかったんじゃ、なかったの……
[それは単純な自己保身に聞こえて、
だからそうだと信じていた彼の姿を問う。
土下座なんて、そんな姿を見たくなかったのだ]
[明之進の背の、傷口に沈まんとする指は止まっていた。
自ら離せないのは、世界を変える為ではない。
迷子にならないように。居なくならないように。
安心出来るように。
繋いだ手を、触れた指を離さないのは―――…
零瑠にとっての『日常』だからだ。]
[とりあえずは……直円もいろいろあって
「仲間入り」を果たしたのであろう。ともかくも。]
はぁっ……はぁっ………えっ、何これ。
かか、身体が。身体が嘘のように滾っている!?
はっは!嘘みたい!これすごぃぃぃぃい!!
これが「第二の生」の幕開けなのか!?
[零瑠とは対照的に。身体能力が今までとは段違い、
あくまでも「人間」比で桁違いに良くなっていることに、
充実感を思わせる驚きを見せている。だが、やはり―]
ああ、僕も同じだ。僕も―……乾く!
[牙をのぞかせた。マユミの方を眺めながら。]
死んだら、偉くも何もないじゃあないかマユミくん。
逃れられないなら、「こっち」でのし上がればいい。
許し難いことだけど 僕は 「強く」 はないんだ…。
[そして次に牙を向けたのは幼子の目を隠す少女の背]
優しく気丈な振舞い。
そこの小賢しい雛とは違うお前が、あれよりもえらくなると良い。
[土下座をする雛の姿に声をあげる少女
そのまま抱きしめる様に右腕で捕えて、
最初の雛と同じように牙を立てた]
ん…ン――
[全身に始祖の血が巡る悦に、脳が焼かれそうだ。初めての食事は最高の食事でもあった。]
…ぷ、は ――――― ぁ
[頭を撫でる手に、肌から離れた唇が満足げに幸せそうに弧を描く。
引き離されたことで牙が肉から抜かれた。
夢中で求めていたせいで、赤子の様にトルドヴィンの肌と己の口元を、そして白の服の胸元を紅く汚して居たことに気付いたのは、二つ穴から新しい血が溢れて零れるのを見た後で。
視界に入る紅色。
同時に零瑠は意識を手離した。*]
[雛が牙を立てた首筋からは固まり切らぬまま血が流れ
力を注がれた少女を誘う]
お前が持ってきた水で癒えるかどうか試すと良い。
[雛を見れば、その喉の渇きを癒す方法は知れるだろう。
何より理性を越えた餓えが身体を動かす衝動となる。
衝動を止めた時に変わった己を自覚した少女は何を思うのか。
そして自分を守る様に傍にいてくれた姉の様な少女の変化を
間近で見る事になる少女もまた何を思うのだろうか。
嘆いても蔑んでも、辿る道は同じなのだが]
[離れた零瑠が始祖の吸血鬼に取り縋り、
あれほど忌避した血を貪る様を見ているしか出来ず、
直円とリカルダの心が折れる音も聞いた。
真弓ちゃ……
[始祖が少女達の元に向かう。
振り返って、もう動くだけの気力がなかった。
傍らの家族は手を離さない。
……零瑠君。 とげだから、駄目だよ。
[自分で告げて、使途不明の笑みに涙が滲んだ。
絵本で見た、笠や蓑に吹き付ける雪を払うように、
小さく体を揺すった]
[切欠となった残る雛鳥に噛み付いても良かった。
だがあれはホリーと対峙していた1羽と縁がありそうだった。
それならば、もし再会する機会があるのなら。
ホリーと眷属として再会させてやろうと考えていた。
名を知らずとも本能で、鬼を祓う柊を避けたのかもしれなかった。
それと同時に、弱々しく見えるこの男と、
守られる幼子を前線に送りだしたかった。
火力としては不足に見える2人に無様に殺される家畜達は
見物だろう。
何処までも家畜からすれば、吸血鬼は悪趣味な思考しか
持ち得なかった]
[どうなるのかというリカルダの問いに、答えることはできなかった。出来なかった姿こそがもっとも雄弁な答えになったかもしれない。
――リカルダを守らなければ、
思ったときにはもうその腕に捕らわれていた。
咄嗟にのけぞる様に逃げようとしてしまったのは、
その青く脈の浮かぶ喉首を簡単に差し出す結果になっただけ。
――喉の薄い皮膚の上を、黄金が擽っていく。
感じたのは冷たい熱、痛みよりも激しく鋭く貫かれるような、
仰ぎ見た天井、灰色の眼差しにうつるそれが曇る]
……いやっ、っ、 ぁ 、
[震えて、跳ねたからだが冷えていく。
流れ出していくものはなんだったのだろう]
[ぐずぐずと手の甲で涙を拭く。
零瑠はやはり血を見た所為か倒れてしまった。
手を伸ばしかけ、踏み止まる。触れてはいけない。]
……、……
[家族に手が届かないことが、
この短い日にちで何度あっただろうか――]
[首を振る、いやいや、と幼子のするように。
冷え切った体が、沸き起こる衝動のままに、熱を求めている。
まず視覚が鮮明な緋色を捕らえた。
それから嗅覚が酩酊を伴う甘さを感じた。
ふるえる指は自ずと自らを捕らえるものの首筋をつたう、
緋色の一筋に触れようとする、指を握りこんで]
……いや……、
[試せばよいと口にする者に首を振る、
水ではないことは本能が伝える、どうすれば癒えるのかもわかる。
――そういう存在になりかけている。
急速にもたらされる乾きに呼吸が酷く浅くなる。
耐えなければいけないと思うのに、そのことしか考えられなくなる]
[零れた涙が頬をぬらす、
嗚咽交じりに喉が震えれば、尚乾く。
どうして縋るようにその黄金を見つめてしまうのだろう、
その一筋の緋色が酷く優しいものに思えてくる、
惧れも嫌悪も抱く必要などない気がしてくる。
――ちがう、
行動はけれど裏腹だった、
細い指はその緋色をなぞる、
また腕に巻かれたままの包帯まで伝い汚れた。
涙は止まらないのに、
うっとりと陶酔するように微笑んでしまう。
もたらされる高揚は、悲しいほどなのに]
[慈悲を請う様に縋りついて、口唇を寄せる。
差し出された小さな舌はその緋色の筋をなぞりあげた。
夢中になってその血を吸い上げたあと、残るものは――]
[誕生日祝いに。花を――…。]
涙を零す程嬉しいのか?
[やはり嬉しくて意識を手放した雛鳥をちらり見遣ってから]
私の祝杯を受取るが良い。
そうやって喉を鳴らして獲物を屠れ。
[涙と嗚咽の意味を少女が望まぬ方に捻じ曲げ笑う。
悲しげに笑う少女を美しいと目を細め、雛と同じく落涙に
指を伸ばして拭ってやった]
[始祖による誕生日祝いは、零瑠に鮮血の花を齎した。
次に目を覚ましたとき、鏡に映る瞳から革色が消えていた。
腹が減っても用意されるのはパンでも白米でもなく、血。
目前で人間の首から採取される様を見て、零瑠はまた気を失った。]
嫌だ!
[首を振り、頑なに食事を拒んだ時もあった。
あんなに血がだめだったのに。
今ではそれが『生きる』為に必要だなんて。]
さて、後はどうする。仲間達の餌にでもなるか?
[ホリーが直円を眷属に変えた事を確かめ、喉を潤した
少女が我に返った頃、残る3人に問い掛ける。
選択肢が無いのは判り切っているからこそ、余裕の体で
1つしかない道を選ぶのを待っていた**]
[直円を「仲間入り」させた後。
その落差に
人の姿としては、こんな事はいくらでもあるのだろうけれど。]
……そうね、こちら側でのしあがるのを楽しみにしているわ。
[―――なら、死んだ方が良い!
……とは言えなかった。
吸血鬼たちを、人間たちを見たら、そんなこと。]
刺だから駄目って、なに?
明に触ったら駄目なの?
……どうして、明は、前みたいに俺の頭を撫でなくなったんだ?
[新しく生まれ変わった日の事を、後日明之進に問うことは出来ただろうか。
あの雨の日、傘は手離さなかったが、彼の手はそのままだった。気を失ってからの事を、見ていた子がこそりと教えてくれたのだ。]
…………家族に
[悠然と投げかけられた声に、遅く反応した。
傷ついた口の中に、気持ち悪い味がしている。
永遠という言葉を聞いた時、
――斃れるまで敷かれた道をゆくだけの景色は
脳裏に結ばれていたのだから]
家族にさわれないのは、――いやです。
[そして、頭を垂れた。
従属の証とは少し違う。体力の限界を超えたのだった。]
[ハンガーストライキも長くはもたない。
そんな時は、家族に、あるいは始祖に頼る事になる。
ゆるゆると時が流れていくうちに、
流血で倒れる事は無くなった。**]
[涙を拭う指の感触に目を細める、
始祖――わが身を支配する絶対的なこの血の源、
漆黒の少女が彼女を父と呼ぶ理由がわかる。
己にとっても、新たなる父に相違なかった。
その指に安堵する、
その指に嫌悪する、
そして矛盾し相反する敬愛と憎悪とを、
少女は内に飼い続けることに、なる]
[トルドヴィンの言葉
一度待つ体勢になっていた。
自分達から道を選ばせようとする父のやり方に、改めて感服するようにしながら。
残った3人のうち、誰をこちら側に引き込めと言われてもいつでも動けるようにはしていたのだった。]
[一連の有様を目の当たりにした時、
何もできなかった自分に眩暈がした。
何のために自分からここに来たんだ。
もうあんな思いをしたくないからだ]
選択肢…ありそうでないもんを聞くんだね、アンタ達は。卑怯者。
生きるか死ぬかなら、生きるほうを選ぶに決まってる。
そういうのが面白いなら、いつか同じ目にあえばいいんだ。
その時、俺が逆に笑ってやるから。生きていれば、だけどね
[ホリーのほうを睨んで静かな声で言う]
俺は生きるほうを選ぶよ。だけど、あんたたちが俺を殺したほうがいいって思うなら殺せばいいよ。
俺は裏切るかもしれないからね!
[吸血鬼の掟とかは知らない。裏切れるのかもしらない。
だけど目的も合わせればそれしか選択肢はなかった*]
優しく弱い雛だな。確かに家族は大切だ。
[巣の雛達に強い意識を持つ言葉
大袈裟なほど感動した声を上げて雛の前に立ち、
髪を掴み上げる]
祝福を受ければ全てがお前達の家族となる。
[絶対的な壁は崩れないが]
私の寵愛を受けている間は、多少の我儘は許してやろう。
例えば外で見掛けた家畜を家族にしたいと言うのなら。
お前達の頼み方次第では叶えてやるかもな。
[行方の絶えた巣の雛達と再会したなら。
生きていれば憎悪に燃えているだろう雛達を
更に屈辱の世界に引き込む事も叶えてやろうと]
家族を求めて血に塗れると良い。
[ホリーの傍ならば積極的に狩りに向かい、全身を、
心を紅く染め続けるだろう。
どこまで耐え、どう変わるか楽しみだと控えている
ホリーと視線を交わす]
お前もしっかり学ぶと良い。
[眷属となった少女に庇われていた少女は何と答えたか。
死にたくない
それははっきりと届いていて。
後から何を言おうとも、それを盾にするだろう]
お前も成長が楽しみだな。
外の世界を見て、多くを学ぶと良い。
優しい兄の事も心配だろう?
助けてやると良い。
[人殺しの]
[残酷な笑みと共に、少女から離れれば彼女もまた
項垂れた少年と共にホリーの眷属となる事が決定したのだ]
[そして最後に最初の切欠を生んだ雛鳥へと向かう。
最初の時も今も。
全て灰塵と化すと判っていても足掻く様に悪態を吐く様子が
たまらなく愉快だった]
元気の良い者は嫌いでは無い。
ただ頭の悪い者は好みでは無いな。
私が斃れる時が来るとでも思っているのか?
有り得んな。
それこそ天から樹が生え、地から雷が沸き上がる程有り得ぬ話。
[戯言を笑みと共に一蹴すると、金に変えた瞳で雛を覗き込む。
本来なら2人に祝福を与えた所で残りはホリーにやるつもりだった。
だが1つ思い立った事に、自らそれを破る事にしたのだ]
勝負に勝ったお前に敬意を表して。
お前と言う家畜は今日死ぬのだ。
そして新たに絶対に殺されない地位を与えてやろう。
[宣言と共に首筋に牙を立てる。
眷属となった者は父が斃れない限り、命に背く事は出来ない。
その上で彼に命じる。
ホリーに付き従い、命に逆らわず仕える事。
ホリーに危害を加える者が現れれば真っ先に守り、戦う事。
そして万一ホリーが斃れたら。
その相手をその手で葬る事。
ホリーの眷属であればホリーが斃れれば支配下から逃れられる。
だが父が違う以上、呪縛は続く]
『残りの雛が是非お前を襲ってくれると楽しいのだが』
[不確定の未来をこんなに待ち望んだのは初めてだと
ホリーに語りかけた時の笑みはそれこそ邪悪そのものだった*]
では新しい家族に祝杯を。
[全てが変わった後、用意された盃が配られる。
満たす紅は幾多の女の血酒。
祝杯を上げた後は、まるで興味を無くしたように踵を返し、
ホリーと他の吸血鬼達に世話を任せたのだった*]
[城には蔵書も遊具も溢れ、部屋も衣装も調度品も、
教育も最高のものが与えられる。
他の吸血鬼達は嫉妬と羨望の矢を突き刺していくが、
彼らの父を思えば穢す言葉1つ漏れてはこない。
ただ無音の視線だけが彼らを刺す日々が続いた。
変化したからと言って最初から狩りが出来る筈も無い。
眷属達に付けられた給仕達は食事の時間の度に
自ら血を流し彼らの空腹を満たそうとする。
拒絶や意識を手放す者も当然いたが、構う事は無かった。
飢餓が頂点に達すれば本能に逆らう事など出来ないのだから]
[諦めてでも進んででも、食事を認める様になった頃から
食事が滞る様になる。
代わりに彼らの周囲に頻繁に家畜が姿を見せた。
屈強では無い少女や子供達。
餓えの中、いつでも襲える家畜を放ち、狩りを促した。
獲物は徐々に変わって行く。
子供や少女から少年、老年に。
青年になればただ逃げるだけの者から武器を持ち、
抵抗する者まで。
ただいずれも城や支配の地の中での狩りの模倣。
それでも時々気紛れに、褒美として血を分けてやったりもした。
煮えた心を抱えて成長していく様は、
家畜があげる断末魔に似て心が躍る**]
[――だから]
[これは違うと知っている
[生きるために食べるという行いとあの一夜
決定的に何かが違うと解っている。]
[髪を引っ張られる痛みに顔を顰めた。
刺され、と願った。
願うだけでは何かが足りなかった。]
[――だから、少年が首を縦に振るとすれば、
家族の誰かから説得があった後だった*]
[始祖の決定を受け、リカルダと明之進の首筋に牙を立てる。
眷属へと変えて行く血の儀式。
やがて離れれば2人の眼も真紅へと変貌していた。]
こちら側のセカイへようこそ。
歓迎するわ。
[冗談めかしてそう告げると、血酒を掲げる。
ヒトの身体であれば嫌悪感をもたらす様な味は眷属であれば愉しめるであろう。]
[やがて、城の中での擬似的な狩り
ホリーと配下の吸血鬼による新たな“教育”が始まった。
始祖の城の一室で、武器を与えられての戦闘訓練。
それを渋ろうとする者も居るかも知れないと、ホリーは苛烈な教育方法を考案していたのだった。]
訓練の前にあちらを見て?
[優雅に指差した先には怯えた顔の家畜達。
親子で連れてこられた者たちも多く居たのだった。]
貴方達が真面目にやらなかったり、訓練を失敗したら。
家畜をあたしが殺すわ。
[言い含められていたのか、青い顔で俯く家畜達。
それを横目で見ながら、愉しげにホリーの話は続く。]
貴方達の中には、裏切るかもしれない子も居るし。
目的の為に生きないといけない子も居るのでしょう?
なら、強さは必要だわ。
強さが無いのならば……
[目配せすると、家畜の中でも10歳前後の少女を配下が連れてくる。
そして、その相手を笑いながら日本刀で貫いていた。
最初から彼女を殺すつもりではあったのだけど、貫いてから微笑んで。]
さ、訓練を始めましょうか。
これ以上、家畜の犠牲者が増える前にね?
[首筋を穿たれて、短い悲鳴を上げる。
口の中の自分の血を微かに甘く感じた瞬間、
小さな傷は塞がり、その味は途絶えた。
血の儀式により、人ならざる速度で回復する体となり
心臓に巣食った血統が、従属のために頭を垂れる事を教えた]
[訓練の内容は武器の使い方から、吸血鬼相手の実戦練習にまで至る。
トルドヴィンやホリーの眷属である以上、身体能力はすでに並では無くなっているのだが。それでも、鍛えない事には仕方ないだろうと。
無論、訓練の合間にホリーの不興を買う事もある。
とはいえ、不興を買う度に殺されるのは家畜なのだが。]
―後日―
[命日(と、密かに心の中で呼んだ)から少し経ち、
絶賛絶食中の零瑠に尋ねられて、
独特の間よりも長い、時間があった。
――勿論、答えるかどうかを悩んだのだ]
『柊』は、鬼を刺す……ん、でしょう?
[元の色が黒檀だった故か、直後の血の真紅から、
少し暗い色に落ち着いた瞳を伏せて俯いた。
けれど、結局彼らは眉ひとつ動かさなかった。
髪を掴んだ金の月影も、少年を従僕に仕立てた黒百合も]
[自失の時が過ぎて、皆が新しい誕生を迎える。
明乃進の拒絶、ここにつれてくるのを止められなかったのは自分なのだ。
ただ自分が言える事は、生きてほしい、それだけだ。
祝杯を拒絶しようとして、甘い香に耐え難い飢えを覚える]
[しばらくは飢えと戦うだけの日々が続いた。
皆に会うことも出来なかった、
家族の血をほしいなんて思いたくなかった。
城のすべてを拒絶して、与えられた部屋に閉じこもる。
鍵をかけて拒絶しても食事の時間は、やって来る。
自ら首を傷つけ、血を流す。
かぐわしく甘いそれがどれほど恋しいか。
この給仕たちにはわからないのだ。
必死に押さえ込もうとしているのに、どうして。
――極限まで飢えの達した頃、
今日訪れた給仕は女だった、誕生の日にあった怯えた“家畜”
やめて、と言った、私の前で血を流さないで、と。
けれど女は怯えながらも身を差し出す、
自分を変えようとする、その芳しい香を纏う。
その生贄に罪は無い。けれどはっきりと憎しみを覚えた]
[――ふと気がつけば、
憎しみを覚えた女の姿はどこにも無い。
真っ赤になった自分の腕、
爪の先から足先まで血に塗れていないところはなかった。
――円に巻いてもらった包帯、
怪我はもうないけど身につけていた其れも真っ赤に染まって、
肉片と臓物と、ばらばらになった欠片たち。
血の海の中に、立ち尽くしていた]
[――響き渡る悲鳴は、
別の部屋までも届いたのだろう、誰かが来る足音。
自分の声だったのに、随分遠く聞こえた。
――それが最初の“食事”だった]
―――やっ、 はなしてぇ、
[マユミねーさんの手が僕から離れて金髪のあいつが目の前に姿を現す。
――マユミねーさんを離して!]
…………、 ぁ
[僕は今度こそ悪夢のような光景を最初から見つめることになる。
ただの人間がバケモノに代わってしまう――]
[僕の言葉は聞いてもらえなかったんだね。
じゃあ、アヤのことはいじめないでって何度も、何度も言ったのも全部、ムダだった?
こいつらには最初から聞く気なんてなくって、アヤは今頃もう――
「なら、死んだ方がいい」
そう言われていれば僕はその通りにできたのかな。きっと無理だ。
アヤは助かったって信じたくて。きゅうけつきが怖いのとおんなじくらいにアンゴにーさんとその仲間を信じていて。
ごめんねにーさん、必ず戻るって言ったのにこんなところに来ちゃって。
今頃アヤも他のみんなも助けてくれてるよね……?]
たす、ける……?
[そいつの笑みを見てると寒気がする。僕がきゅうけつきになるのを選んだ後も変わらずに。
なのにその一言が僕の心をとらえて離さない]
……。
[金髪は僕から離れて黒髪が近付いてくる。
迫りくる牙と痛みに、僕は声を殺して耐えた。たった一つの願いでもって。
―――待ってて。今度は、僕がみんなを助けてあげる*]
―それからの年月―
[一晩で熱も傷も癒えた。
その足で即、城を出た。
どこかでまだ生きているかも知れない家族のために。
その結果が、無表情のまま指を震えさせる現状であった。
城の外にいた人々に石を投げられたのだ。
既に眷属となっている少年を、監視も誰も助けない。
石つぶてで死ぬ筈もなければ不要なまで。
無様に身を縮めて城の中に駆け戻った事で、
脆弱な雛は『家畜以下に怯んで逃げる』という記録を立てた]
[時間が来る度、傍仕えが血を流す事を首を振って諌めたが、
給仕は命じられた行動をやめる事はなかった。]
……ごめんな、さい。
[受け入れる代わりに、掌を合わせる事をした。
家族の様子を訪ねて回っても真弓には会えない。
与えられる全部が見た事のないもの。
孤児院の暮らしではゆっくりと温かく育まれていた知と情が、
ひどく冷たく急速に注ぎ込まれていった。]
[ある日、久しく会えなかった家族の悲鳴を聞いた。
いつの間にか、耳は遠く微かな音まで捉えるように、
脚は一息で飛ぶように速くなっていた。
気付かぬ内に、男児の遊びを遠くで見ているだけの
のろまな子供は姿を消している。]
――真、弓ちゃん。真弓ちゃん……?
[扉を叩く。ドアノブを掴んだが鍵が開くかどうか。
微かに漏れ伝う紅の香が、寒気を際立てていた。]
[給仕が入った時のまま、
錠の降ろされてない扉は簡単に開く]
――……、明く ん ?
[血の洗礼を浴びて立ち尽くす。
ゆっくりと戸口を向いた双眸は緋色――、
不吉な月の色に変じてた。
そこにあるのが“家族”だと認識すれば、
大丈夫、と笑って見せようとして、表情は強張った。
そしてそのまま血の海の中に屑折れる]
[くずおれる真弓に駆け寄る。
毛足の長い絨毯がびしゃりと音を立てた。
全身真っ赤の体を支えようと手を伸ばして、
どうしたら良いのか、と戸口を振り返った]
……真弓ちゃん……っ
……明くん、
わたし、だめだった……、
[明乃進に支えられ、
問いかけるような眼差しで見上げた。
――どうすればよかったのか。
戸口からはほどなく側仕えの者が訪れるだろう。
こんなことは主にとっては計算済みであろう、
すなわち餓えの反動はより強い衝動となること。
雛はその身を持って、ひとつ、学んだのだ]
[緋色の双眸は艶やかな翳りを含んで、泣いて見えた。
自分が与えられる血に後ろめたさを覚えながら
けれど、甘んじている間も、一人で耐えたのだろう。]
……僕は、真弓ちゃん、にも、生きてほしい。
だから、ねえ。
つらかったら、頼って――いいよ。
家族なんだよ……?
明く、ん、
――……ごめん、ね……ごめん、
[震える口唇が、謝罪を紡ぐ。
何に謝っているのか、きっと自身もわかっていなかった。
たとえば彼の服を血で汚してしまった、
この時認識してたのはそのくらいだったけど。
でも、その言葉の本当の意味は、まだ 届いていた。
“家族”という言葉に、
双眸が滲むように揺らぐ。
それはいちばん大切なこと。
――血の穢れを落とすように、と、
側仕えが、引き剥がすようにその身を連れて行く。
明乃進から離されるのに、いや、と首を振っていた]
[豪奢な浴室、流れる湯を穢す赤。
まだなだらかな曲線にそって伝い落ちる。
もちあげた指、尖ったつま先、磨かれた氷のような爪。
鏡を見れば、別人の顔がある。
血の洗礼を浴びて、少女は変わる。
拒んでいた全てを受け入れるようになった。
学ぶことはもともと嫌いではなかった。
けれど知識、立ち居振る舞い、教養作法も
好悪など関係なく、ただひたすらに吸収するだけのものに過ぎなかった。]
[そして――、
憂いと憎悪と寂しさと恋しさと、
複雑な感情は割れた色硝子のように複雑な色を為し、
成長する少女に繊細な陰影をもたらす。
その緋色の瞳なくとも、
人外の者とわかるような冷たい美しさとして*]
[なのに今、真弓の手はひどく冷たい気がする。
謝罪に首を振り、手の甲をさすっていると、
彼女を連れて行こうと、後から人がやってきた]
だめ。
[それを制する自分の声も、どこか冷たい気がした。]
……大丈夫、真弓ちゃん。
いなくなったり、しないよ――大丈夫。
だから、行って、おいで。
[しかし、家族に傾ける時には変わらず温かく。
安心させようと、一度手を握って、湯に向かわせた]
[給仕から血を差し出されることがなくなり、
周囲に『動く血』が放たれるようになってから、
一時、少年はぴたりと食事をやめた。
狩りやすいと見なされ初めに与えられた子供達を、
決して襲おうとはしなかったのだ。
耐えて、耐えかねて、初めて意志で手に掛けたのは、
いつだったか家族の陰口を叩いていた大人の男だ。
卑怯にも足音を殺して後ろから襲った。
初めて命を選んだその日、意外と呆気なくて
誰にも何も言えなかった]
[故に、己の周囲に大人が配されるのは早かった。
体が変わった分、箍になるのは心の方で、
敵意を向けて来る者の方が襲いやすかった。
――故に、己にとって『人間』は、
己と家族に敵意を向けて来る者なのだと、
少しずつ、少しずつ――
染み込んで、そして上達は早かった。]
[やがて黒百合から本格的な訓練を受けるようになる。
披露された怯える人間達に、眉を顰める少年は
畏れ多くも、儀式を施した主に口を挟んだ]
……それは、――いやです、
自分の罰、は、自分で…………っ!
[言うが遅いか、問答無用で刺し貫かれる少女に、
今度こそ言葉を失った。
強くかぶりを振る。
嫌なら真面目にやることだと、真紅が笑っていた。]
それなら、――お願いが、ありま、す。
うまく、できたら…………外に出させてください。
[願いが興をそそったか不興を買ったか。
いずれにしろ、手を変え品を変えて賜る洗礼を
死にもの狂いで受け入れる以外に道はない。
敷かれた道を斃れるまでゆくしかないのなら、
それはただ、家族のためにゆきたい、とだけ]
[されど、柊。
心の臓を服従に巣食われながら、
鬼を刺す木は雪深く、息をひそめている**]
― それから ―
[金髪と黒髪によって僕らは新しい世界に迎え入れられたけど、
新しい世界の全てが僕らを歓迎したわけじゃなかった。
なんでこの人たちは怖い目で僕を見てくるの?]
……っ
[彼らは街の子達のように僕をからかう真似はしない。そっちの方がわかりやすいのに。
でも、彼らの中には僕が訊いたら答えてくれた人もいた。
僕らは“始祖様のお気に入り”だって。“選ばれた”んだって]
そんなの、どうでもいいじゃん……。
[僕はそう言った途端余計怖い顔で睨まれた。だから部屋に逃げ帰って泣いた]
[僕はただひとつのことを僕自身に化していた。
――決して誰かに助けを求めてはならない。
肌触りのいいベッドの中で泣くことはあっても、ここにいない誰かに助けてって言うのだけは我慢した。
ここに連れられてきゅうけつきになったにーさんやねーさんにも弱さは見せられなくって、
そういうのをずっと抱えたまま、僕は時を刻んでいった]
[
瞳の色が、綺麗なその色に。それが間近に、あって。
内心に押さえ込んでいた恐ろしさと絶望感で、かみ締めた唇は深く切れた]
…ありえないなんて……
[ありえないのだと言葉を続けようとして立てられた牙
その後、祝杯をあげるまでのことはよく覚えていない。
ただ、その瞬間発狂したように叫んだことはしっかり覚えている。
目の前にある杯を映す目は赤い。血を見て、喉がなったことに酷い嫌悪感と…]
[その後、血を口にする過程は他の家族とそう変わらなかった。
拒絶して、もがき苦しんで、そして口にした赤は生臭い鉄の味。
そしてそこからこみ上げてくるものに吐いてはまた求めて、極限状態になった時、ついに「家畜」に手を出した。
端から見れば、まるで獣が人に襲い掛かったようにも見えたらしい。
その初めて牙を立てた家畜は…どことなく、「誰か」に似ていた]
[それから悟る。あぁ、もう「戻れない」のだと。
紅い血溜まりに映る自分は双子の弟そっくりだった
自分が離してしまった小さな手。その時の弟の顔が今でも責めてくるようで。
おいて逃げて、再会した時のサミィの顔。]
……。あぁ、ごめん……。ごめん、ね……。
[そこからぱきりと張り詰めていた自分の何かが壊れてしまった。
自分を苛んでいた彼はもういないのかもしれない。
自分は殺されない。なら、せめて果たせない約束であっても守らなければいけないのだと]
[最初に僕が手にかけたのは小さな子供だった。
僕は喉が渇いていたから、ぶつかっちゃった子にほんのちょっぴり血を分けてもらおうととした。はいどうぞってされるはずなかったのにね。
僕は背を向けて逃げた子を追いかけて――そこから先は覚えていない]
ごめん、ごめんね
[僕は“食事”を終えた後その子の亡骸に向かって何かを謝り続けた。
それから僕は背後から一瞬で音もなく忍び寄るやり方にこだわりだした。
せめて痛いって思うことのないように、断末魔の悲鳴をあげることのないように……]
[新しい世界は鳥かごの中みたいだ。エサは自分で取ってるけどそれだって籠の外から運ばれてきたんだし。
僕は彼らを本気でエサだなんて思ってない。絶対に。
だけど僕自身がどうしようもなく怖くなる時はあるんだ。
床に広がった血だまりに映る僕の顔が、笑みを浮かべているように見える時*]
[怯えさせぬように微笑んで、
白い手が“獲物”を捕らえる、模倣の狩りは簡単だった。
吸血鬼だとわかっているだろうに、人は外見に油断する。
餓えなければ、殺さぬように血を奪うことも出来た。
それは命を奪わぬ優しさだったのか、
あるいは制御の学習に過ぎなかったのか。
単純に亡骸が目の前に横たわるのが不愉快だったのかもしれない。
その時奪った命は青年のものくらいだ。
武器もち抵抗するものと、
自分の体に触れようとしたものと。
前者はともかく、
後者は最初の食事と同じように原型を留めなかった。
もう自分のしたことに悲鳴をあげることはなかった。
それは遠くで聞こえていたような気がしただけ]
[自分には約束があった。必ず生きて戻るという約束。
だから、今はそれだけが縋れる唯一のもので。
まずはやっと言葉を話せるようになったくらいの小さな子供を食った。次に、アヤくらいの女の子からマユミくらいの。
そして初めて自分の意思で武器をもって殺したのは柊くらいの少年から始まり、零瑠や直円くらいの少年と青年の狭間の人を殺した。
どんな形であれ生きるためにはコロサナイといけなかった。
いつしかそれが、いつも口にしていた四足の動物から人間になっただけなのだと認識し始めた
多分、それからは…「吸血鬼」として与えられた場に相応しい技量と知識を躊躇いもなく受け入れていった]
[家族の様子を訪ねて回ると、リカルダは決まって
大丈夫だと主張して振る舞った。
少しでも笑顔が増すように、時々手を握った。
最後まで耐えた真弓は砕けてひかる氷になった。
理依や直円を訪ねる事は出来ただろうか。
零瑠が血を見て倒れなくなったと聞いて、
少年は少しの安堵を抱いたけれど、
彼自身は、それをどう思っているのか。]
[漆黒の少女から施される
戦闘訓練には理不尽なルールが付随した。
己が口唇を噛んだのは、明乃進が言葉を失って、
落胆したように頭をふったからだ。
――悲鳴はどこか遠くで聞こえ続けている。]
─ねぇ、マユミ。
[それは戦闘訓練が終わった頃のこと。殆ど喋らなくなった自身が、珍しく声をかけた]
マユミはいつも優しく殺すね。
それはなんで?情けとか、そういうもの?
[能面のような表情のまま訓練を終えれば、
理衣が話しかけてきた、ふと温度のようなものが戻る。
そこにいるのは“家族”だからだ]
……優しい?そうかしら。
悲鳴とか、これ以上、聞きたくないの。
[わずかに首をかしげて、一息に殺す理由を告げる]
でも、そうね、……可哀想ね。
[恐怖に震え屠られるために生きているというのは、憐れだと思う。表情はなにも動かぬまま、理衣を見つめる瞳は問うた意図を問い返すもの]
[そう言えば、この城に来てから初めて、
少年は自分ひとりの部屋をもった。
最初は四六時中を母と共にし、
孤児院では近い年頃の子達と寝起きしていたから]
ひとりだと、時々、暇だから、
……時々で良いから、遊びに来て、くれる?
[家族には、そうお願いしてみた。
いつしか自然に、彼らには形見の事を打ち明けても良いと、
もっと言うと、打ち明けておきたいと思うようになった。
どこか、予感めいていた。]
[ある日、理依が真弓に声を掛ける。
めっきり口数の減った彼が珍しいな、と思ったら、
それは狩りの方法についての話題。
けれどせっかく話をしているならと、
歩み寄って耳を傾ける。
− 初陣を前に −
[雛達は餌を啄む事を覚え、羽ばたきを覚え、武器を磨き、
狩りの方法を覚え育って行く。
ホリーの苛烈な教育は技術だけでなく、彼らの心にも
影響を及ぼしたかもしれなかった。
だが心が砕けようが、失おうが、変わろうが、どれも
始祖にとっては玩具の色や音が変わった程度。
雛達の苦悩を気分1つで掌で転がす様子は、確かに
彼らが始祖の『お気に入り』である事の証拠だった]
ホリー、どうだ?
そろそろ雛も初陣を飾れそうか?
[帝都守護部隊が動き出した報告は既に届いていた。
陸軍など紙の兵隊だが、守護部隊が絡むなら話は別。
派手に潰してやるのが面白いと、初陣の目標を告げた]
かわいそう?なんで。
[返された視線。その答えは明確だった]
だって食わなきゃ死ぬじゃないか。
俺、死なないって約束、したから。
[いつもその約束だけにすがって生きていた。
けれど、もうとうに約束をした主と…
どうして約束をしたのかは忘れていた。
ただ、誰かの為にマユミは守ってやらないといけない存在ということだけは頭の片隅にこびりついていたから。
だから、変わってしまった…いや、以前はどうだったか、もう忘れてしまったけど、目の前の彼女に問うた]
なんでかわいそうって思うの
ええ、お父様。
随分と育ってきましたわ……並みの吸血鬼ではもう叶わないぐらい。
[尤も、基礎を踏まえていれば元の能力値が段違いなのだ。
当然と言えば当然であった。]
初陣には私は同行しますが、お父様はどうされます?
[誰かが話している時、会話の狭間でじっとしている、
これは昔から変わらない。
何もして来ない人間が死ぬのは可哀想だけど、
家族に悪意を向ける人間には当然の報いを降らせる。
そういう事だと思っていた。]
……震えて、怯えながら、
生きているのは、憐れなことだと思うわ。
どこにも逃げ場なんて無いのに。
[怯えていた女のことなど、
もう忘れていたけれど、考えたことを口に出す。
けれどそれは本当に“人間”のことだった、だろうか。]
……約束は、大事ね。
だれとやくそくしたの?
[
時々、思い出したように皆のもとに赴くようになった。
黙って話を聞いていることが多かったから、
沈黙ばかりが空間を満たすことになったかもしれない。
部屋の主がいなかった時には、
扉の前に鎮座しているのは、千代紙のふうせんうさぎ]
結構。
[ホリーの返答
父の血を与えられ、あれだけ時間を掛けたのだ。
『お気に入り』に甘えて怠惰を貪るなら、最後に断末魔を
聞かせる位しか楽しみは無い]
私も雛達が喜んで獲物を狩る瞬間を祝ってやろう。
それにいかに家畜とは言え、地位のある連中だろう。
挨拶の1つもしてやろうではないか。
[組んだ足を解き、立ち上がる]
初陣だ。
呼べ。
[短い命を下すと、それぞれの世話係が眷属達を
召喚する為に城に散った]
それがそいつの運命なのさ。
逃げ場がないんじゃなくて逃げないだけじゃないのかい。
約束は…誰とだろう。忘れた。
大事だったのに。ね。
[そこで一度、ため息をついた。とても、深い]
ねぇマユミ。マユミは俺に勝てると思う?
柊も。
[さきほどから隣にいた柊にも不意に問いをなげた。
守ろうと思っていた少女はもういない。
朦朧とした記憶の向こうにあるのは
こうあってほしいと思っ手いた幻]
―ある日、自室にて―
……良い機会、だから、真弓ちゃんにも、見せるね。
[願いに応じて部屋を訪れてくれた真弓に告げて、
厚いカーテンをぴったりと閉じて蝋燭を灯す。
彫金の傘を被せると、部屋の陰影が深くなる。
懐から手鏡を取り出した。
裏面の花鳥図を指で撫でて、くるりと返す。
包む巾着は新しい、やはり上質のものに替えられて、
あの日、血に汚れた形見は引き出しの奥に仕舞っていた。
蝋燭の光をあてて暗い壁に向ける。]
――きれい、でしょう?
昔、隠れ切支丹が……お祈りをするために、
こういう細工を、使ったそうだよ。
[それはただの鏡ではなく、鏡面のごく僅かな歪みによって、
繊細な光の形をなすもの――
柊、ではない。牡丹の紋様だった。
それが意味するところを、今の持ち主は知らない。
知る筈の誰かのやさしさだけが朧に、雪の下に在る。*]
[
色とりどりの鶴がそこかしこに転がる部屋。
始祖の前へと召されれば、
少女はゆるりと頭をたれる。]
……お呼びだと、伺いました。
[白い洋装のスカートがふわりと、広がる。
戦場には適さぬだろう、服装だった。
けれどその左手の袖の下には、
緻密な銀の透かし細工の指甲套。
優美な装飾品は凶悪な尖った爪でもある]
― 回想
勿論。
あたし達だって、ずっと君達を閉じ込めておく訳では無いわ。
お父様に捧げる上質な家畜の狩りだってあるのだもの。
[そう言って、彼の問いに微笑む。]
今回がうまくいったらと言う約束はしないわ。
けど、成長すればいずれ外に出る時は来るわ。
それを楽しみにしていなさい。
[少し前のこと。
トルドヴィンから命じられたのはホリーの護衛。
彼女と話したのは何度あっただろう。
一度、聞いてみたかったことをといかけたことがある]
…ホリー。君はなんであの人を「おとうさま」って呼ぶの。
「おとうさま」は君を殺そうとしたり、しないの?
[戯れというにはもう昔の面影を残さない自分の問いに、
黒い彼女はどう答えただろう]
理依君、に? ううん――
僕は……難しい、んじゃ、ないかな。
[同じように苛烈な過程で練り上げられてきたものの、
明之進と理依の間には血の壁がある。
……でも、練習なら。してみても、良いかな。
[案外、他の吸血鬼と組手するよりも良い練習かも知れない。
最近は安定して勝てるようになっていた。
始祖に献上するものの品定めにも同行させて貰えるよう
黒百合に願い、少しずつ叶うようになって来ている。
――ここまで、五年かかった。
[
昔読んだことがあるようなないような。文字が絵に見えて頭に入らない。
また一つ、零れ落ちた記憶を惜しむ感情ももうない]
─参りました。
[けれどそのきんいろの前に、こうべは下げない。
それはいつものことだった。逆らえないと身を持ってしっている。
けれどいつもきんいろを見る目は睨みつけるような光すらあった]
― 回想
[理依の問いかけに微笑んで、
久しぶりに話す気がする理由を答えていた。]
いつからだったかしらね。
あたしは物心ついてから、お父様に会った事があったわ。
その時に「全ての吸血鬼の祖」と言われてね。
それで「お父様」と呼んだのよ。
[その呼び方をしたものは今まで居なかったのか。
周囲には随分と驚かれた気はする。
しかし、トルドヴィン自身がその呼び方を許した事でホリーには特に何も無かった。]
ま、君達でいうあだ名のようなものかしらね?
もう今更、他の呼び方も馴染まないし。
[まるで子供が親戚の相手を小さい頃に読んだ呼び名のまま呼んでいる様な。そんな理由を告げてから。
次の問いにはおかしそうに笑う。]
変わった質問ね。
あたしはお父様が大好きで、配下の吸血鬼の誰よりも強いし。
誰よりも役に立っているわ。
そんなあたしを殺す理由なんてどこにもないでしょう?
……うん。遊びに行く。
眠れない時、でもいい?
[きゅうけつきになってから、たくさん眠らなくてもよくなっていた。
本を読んでいる途中にあくびが出ることもなくなったし]
ねぇ、…手、握ってもいい?
[明にーさんは伸ばせば振れる距離にいるのに、僕はいちいち訊かなきゃ手も握れなくなってる。
きゅうけつきになってばかりの頃はずっとそうだった。
僕の笑う数は、確実に増えていると思う。
ふとした時に部屋で鏡を見つめると、赤い目をした僕はいつも意味ありげに笑っているんだ。
それが怖くてすぐに表情を消す。
“家族”と一緒にいる時、僕はふつーに笑えてるのかな]
[――まずやってきた2人、真弓と理依を見やる。
この5年で随分と印象が変わったようにも見える真弓と。
相変わらず敵対心は無くしていない理依。
尤も、ホリーが理依の行動を咎めたりする事も無いのだけれど。]
逃げたくても、
……逃げられないこともあるわ。
[声に感情はこもらない、
それはどこか遠くにあるのを感じている]
忘れてしまったら、約束した相手が、……可哀想。
[こんな言葉が何故零れたのか、わからない。
けれど機械的に告げられた言葉よりも、少し温度があった]
あなたと戦う理由が無いわ。
[問いかけには少し、不思議そうに返した]
よく来た。
[雛達が揃えばその眼光と纏う羽根を、見定める様に
玉座から見下ろす。
身に付けさせた衣装も武具も最高級のモノ。
それに見合う中身かどうか。
玉座に向ける視線や殺意が混じろうが歯牙にも掛けない]
喜べ。
初陣だ。
[掛ける言葉は簡潔なもの]
目標は帝都陸軍。
誰も残すな。
お前達の成長を私に見せろ。
いよいよね。
期待しているわ。
[そう言って笑う表情は愉しげで。
手塩にかけた教え子を送り出すようには到底見えないだろう。]
今までと違って外部の家畜を殺すのだもの。
緊張するかもしれないけれど、頑張ってね。
―初陣の前―
[召喚を受ける時は必ず、黒百合の後ろや、
理依や真弓や零瑠よりも下がった位置につく。
この習慣は、心臓の巣食いとともにすぐに覚えた。
不要な言葉も発しない。]
……承知しました。
[和装をすることは昔から変わらないが、
腰にある短剣は西洋の趣を備えている。]
[そう、この5年間の指導の中では当然ながら家畜を殺す訓練だってあった。
食事のためでは無く、邪魔だから相手を殺す事。
それもまた、トルドヴィンの求める戦力には必要な事なのだから。]
――5年後――
[扉の前で脇に挟んだものは学生帽。
視界を塞ぐ為に『兄』から与えられたもの。
名残惜しい訳ではない。
ただ、体が成長するにつれ、隙間がなくなっていくから手離せ難かった。
開く扉。歩を進め、ブーツの踵を揃えて理依の隣に立つ。]
………。
……魔鏡?
変わったものを持っているのね。
[>>*251 古いけれど大切にされていただろう手鏡の、その仕組みがそう呼ばれることは知識にあった。
一歩前に近づく、ろうそくの炎が揺らめければ、壁に映る花模様もあえかに揺らいだ]
うん、……綺麗、
牡丹の花ね、冬にも咲く花。
――……あなたは何か、祈るの?
[問いかけて振り返る、
ゆらぐろうそくの灯りは、柔らかな色。
照らされた頬は、魔物ではない人のような色だった]
お前達が携えて良いのは吸血鬼の誇りと勝利のみ。
未だ分を弁えぬ家畜達に思い知らせろ。
[儀礼用に携えていたサーベルを抜くと、一度天に掲げて
ゆっくりと扉を指した]
― 初陣の前 ―
…外、ですか。
[外の光を浴びなくなってもうどのくらいになるのかな。……五年?
日にちを数えるのはとっくにやめていた。
僕はにーさんやねーさん達より小さいままで、相変わらず長袖の服しか着なくて、
もう意味ありげな笑い顔が顔中に貼りついちゃったに違いないんだけど、
鏡を見なくなってやっぱり長いから実際のところはわかんない。
でも今は表情を消して頭を垂れている。
だってここは“始祖様”や“お姉様”の前]
行け。
[放った一言で控えていた吸血鬼達も一斉に動き出す。
玉座から動いた始祖が率いて向かうのは帝都の陸軍駐屯地。
火力に任せれば勝てると思い上がる家畜達に、
どれだけ戦力を集結させても無意味だと思い知らせる為だった*]
[東洋の雀金の衣服に手にしたもは二振りの小さな乾坤圏]
初陣って誰にとって喜ぶことなんだよ。
[サーベルが指す先、扉を見つめる。
5年ぶりに見る外の世界とはどんなものだろうか。
不思議と胸騒ぎがする。それが期待なのか不安なのか、
わからない]
ホリー。あんたは来るの?俺はあんたを守らないといけないから。
律儀な事ね。
けど、今日はいいわ。
久しぶりの外なのだもの、好きに愉しんでいらっしゃいよ。
[そして、自分も愛用の日本刀を右手に持つと。
余裕の表情を見せたのだった。]
第一、あたしの方が強いから。
たかが家畜相手の戦闘で、守ってもらう必要は無いわ。
私にとって。ホリーにとって。お前達にとって。全ての吸血鬼にとって。
[誰にとっての喜びか
当然と言ったもの]
お前達が吸血鬼としての力を示す事が出来る。
家畜達に吸血鬼の力を改めて思い知らせる事が出来る。
それが喜び以外の何だと言うのだ?
[己が吸血鬼である誇りを世に広げる機会だと言うのに。
何を聞くのだと一笑した*]
[マントの下、腰から下げるのは刀身の短い日本刀。
懐剣は鍔のないせいで柄握る手まで血に濡れてしまうからと、
新しい武器を求めたのはいつの頃だったか。
初陣と聞いて、声援と鼓舞に背を伸ばし表情をこわばらせる。
いつか来る日が来ただけのこと。]
―――御意。
[言葉と態度が示すのは従順。
ゆるゆると微笑み浮かべて頭を垂れる。
灰みの僅かに残る紅は、何を顕すか、知られる前に帽子をり、余計な事を言うなと視線で理依を咎める。]
大好きなんだ。不思議だね。
俺は大嫌いなのに、ホリーには大好きな人とかさ。
誰より強くなってもあの人は俺のこと大好きにはなってくれないのにね。
[好かれたいとかではなくてただ不思議だっただけ
確かに殺す理由はない]
―回想・リカルダについて―
もちろん……夜でも、良いよ。一緒に寝る?
[眠りたいのに眠れない事があるのだと、察する。
自分が傍にいる事で、少しでも安らげるなら。
手を握り、頭を撫でる事が許されるなら。
形見の手鏡の事も、そうした晩に彼女へと教えた。]
――うん。
[リカルダが手を伸ばす時、どこかこわごわと尋ねる。
だからいつも、笑みを浮かべて許し、両掌を差し出す。
そうして、]
痛くは、ない? 痛くないなら……大丈夫だよ。
リッキィは大丈夫。
[尋ね返すのだ。*]
[「おとうさん」という言葉に憧れたこともあった。
だけどもうそれも昔の話。
記憶のかけらがまた一つはがれて落ちる。
「おとうさん」と呼んで笑う弟の記憶。
その時、一瞬だけ複雑そうな目でホリーを見たのだった]
― 回想 ―
――そんなもんでしょ。
誰からも愛される人も居なければ、誰からも愛されない人も居ない。
それぞれ好みも違うんだからそれで良いんじゃない?
[そう言ってから、彼の言葉を思い返し。]
ま、君がお父様の事を嫌ってるうちは向こうだって好きにならないでしょ。
―回想・真弓について―
うん。
――お母さんの、形見だったんだ。
[壁に近付く真弓によく見えるように、角度を変える。
何か祈るのかと尋ねられて、こくりと頷いた。]
……家族が皆、無事で、ありますようにって。
祈ってる。
[揺れる火には温度があった。
滑らかな頬を優しく照らしている。]
そう言えば、牡丹は、紙で折れるのかな……?
[彼女の部屋に散らされる千代紙を思い出す。
もし作れるのなら見てみたい、と願った。*]
[律儀な返答を最後まで聞いてから、零瑠は扉に向かう。
一度足を止め]
――柊。
[5年前の誕生日から変えた名で明之進を呼ぶ。]
……長物、
置いてきてしまったわね。
[刃がなければ戦えないわけではないから、
そのまま命に従うことにする。
フードのついた白いマントは、
毛皮に縁取られてふわりとたなびいて、
そのまま離れるかと思えば、一度振り返った]
……リカ、
[多分彼女を案じていたのに、
案じる言葉がどんなものだったか。
――剥離したままの感情が、戻らない*]
――はい。
[出立するところ、零瑠に呼ばれた。
主である黒百合が己を呼ぶ様子がないのを見ると、
彼の元に控える。]
難しいかな。…うん、柊が練習したいというなら、いくらでも付き合うよ。
[
その場はそれで終わらせた話だった]
是非俺に勝てるようになってほしいね。
柊。
[くしゃりとかきまぜた柊の髪の毛。
感触は昔のまま。ちくりと胸にささった痛みは正に柊の葉のようだった]
多分、俺も忘れられてるんじゃないかなぁ…。
もう、何も思い出せないままだ。
[マユミへ投げた「俺に勝てるか」の問いに返ってきた答えには
僅かな苦笑だけを返した。
強くなってくれたなら、もう約束そのものを忘れても責められないんじゃないかと
ほんの少し思ったのもあったけれど]
そうだね。馬鹿なことをきいた。
[それきり、その問いを繰り返すことはなかった]
君の大好きなお父様の命令だからね。
……。そうだ。君のほうが強い。
なんで俺は君を守らないといけないんだろうか。
[行け、と命じられ、きんいろに一瞥をくれてやってから踵を返す。
その手の日本刀を目を細めて眺めながら]
今度理由を聞いておいてよ。
背面を任せても、よいかな?
[自由にというのなら、方面を同じくしないかと尋ねる。
[顔を上げる。“始祖様”の合図は済んだ。
左の腰に下げた東洋と西洋の剣が触れ合ってかちゃりと鳴る]
…呼んだ?
[真弓ねーさんだ。先に歩き出したかと思ってたけど。
何も言わないで隣に立つ。どんな顔したかな。
僕はふと昔のことを思い出す。部屋に入る前に慌てて踏みそうになった折り紙のうさぎ。
僕、まだあれを取ってあるんだよ]
……行こう。
[笑う赤の眼を隠すように、男の子っぽい帽子を深くかぶった*]
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