151 雪に沈む村
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……むっ!何かしらこれっ。
[ぴっ、と耳を立てた。草食動物ならではの鋭い聴覚が何か異質な物音を聞きつけたようだ。
ふわふわの体毛を逆立てる。
自分の小さな囁き声に、誰か気がつくだろうか。]
[か細い少女の声が、微かに耳に届く。
子供の姿を纏った龍は眉を顰ませて]
む。何者だ……?
[普段とはかけ離れた低い声で唸った。
それは普通の者には聞き取れないであろう音域で]
………!
[ 囁き声に呼応する重厚な声。
耳をぱたぱたと方向を変えてみる。
声の主はかなり遠くに居るはずなのに。
その声だけは、頭の中でやたらとクリアリティに響いた。]
……メーはアリス。
アリス・ブランフォートよっ。
[見知らぬ声は少し怖かったけれども。
お嬢様は気丈に名乗りを上げた。
そう、その低い声は自分の知らない声――…
けれども、たとえ声の主とお嬢様が既知の関係だとしても。
普段とはあまりに違う音色の為、お嬢様にその者が誰なのかは解らない。]
――……貴方は?
アリス・ブランフォート……。
[聞き覚えのある名に、ホッと胸をなでおろした。
敵意を持った者ではないと分かり、緊張の糸を解く]
ブランフォート家のお嬢様か。
あの獣人族の名門の血筋に連なる者なら、この音域を聞き分けられたとて疑問ではない。
[自分がカルヴィンだと名乗るわけにはいかないので、とりあえず素の口調のまま喋り続ける。
ブランフォート家には散々“お世話になって”いた。
屋敷に忍びこんではイタズラを繰り返し、“爺”に叱られるのが日常茶飯事だ。
アリスもやはり、子供の姿の自分しか知らぬはずだった]
我は村はずれの洞窟に住む龍だ。
――怖いか?
……そ、そうなのです?……そ、そうですわね!
メーはブランフォート家のアリスよっ。
この位、……当然ですわよっ。
[ こういう体験は、お嬢様にとって初めての事だったけれども。
ブランフォート家の名前を出されたら、否定する訳にはいかない。
家門に傷がつくし、何よりお嬢様のプライドが許さない。
重厚のある声は相変わらず怖かったけれども、気丈な姿勢は崩さずに返した。]
龍ですか………、
[一瞬、その重々しい声からとんでもなく大きくて禍々しい龍がパクッとキャンディーでも食べるかのように、軽々と自分を飲み込む姿を想像して。
ぶるる、と身を震わせたけれど。生唾を飲み込み、息を軽く吸いこんで、]
こ、怖い訳ないでしょっ。だって……メーはアリスなの!
[きゃん、と噛み付くように。謎の理論を持ち出して反論する。
目の前に居ない声の主に抗うかのように、虚空を睨みつけた。]
……さすがブランフォート家のお嬢様だ。
勇ましいな。
[震えた声で。しかし毅然とした態度で。
虚勢を張るアリスの姿がありありと目に浮かんで、カルヴィンは思わず苦笑してしまう。
これ以上苛めてはいけないな、と少し優しい声音に変えて]
なにか困ったことがあったら、“夜に”村はずれの洞窟を訪れるがよい。我でよければ力になろう。
[もちろん、彼女が自由に屋敷から出られないのを知っていて。敢えて口に出した。
村はずれの洞窟までは来られないだろうと。ある程度、高を括って。それでも、自分を怖がらないで欲しいという下心が抑えられずに]
それと、アリス。“爺”にはあまり無闇に子供を叱るものではないと伝えておくのだぞ。
子供に悪戯で荒らされた庭園も、また元に戻せばいいのだ……。
[と、普段の姿では言えないことも伝えた。
努めて真面目な口調で。
もちろんカルヴィンは、アリスが“爺”から逃れて家出したことは知らない]
――……夜に村はずれの洞窟ですね?言いましたね?…約束ですのよ?
[ 相手が優しい声音に変われば調子に乗る、単純なお嬢様。
独り、小さく不敵に微笑む。そう、今のお嬢様に怖いもの無しなのだ。
いや、実際は『きっとこの声の主は相当な龍なのだろう』と内心震える思いで一杯だったけれど。
屋敷から抜けて自由の身のお嬢様は、声の主に挑戦するかのように言い放った。
これほどまでの力を持つ龍ならば、きっと自分の望みを叶えてくれるだろう、と。まるで宝物の地図を見つけた気分で、満ちていた。]
……爺?
[急に爺の話題と庭園の話題を出されて目を丸くする。何故。
庭園と言えば、お嬢様と同じ年頃の子供が数人こっそり、何処からともなく入り込んできては、鬼ごっこをしたりチャンバラをしたり。
時にはお嬢様も泥まみれになって遊んだり。
爺の雷が落ちてくるやいなや、蜘蛛の子を散らすかのように逃げる悪ガキ。
彼等との遊びを思い出すと、ぷ、と微笑んだ。でも何故、荘厳そうな龍がそんな事を言うのだろうか。]
解りましたわ……?その位お安い御用ですわ。
――…もしかして、貴方もお庭で遊びたい、とか?
[きょとん。]
『――…もしかして、貴方もお庭で遊びたい、とか?』
[確信を突いたアリスの問いに、カルヴィンは面を食らう。
もう遊んでるよ、と心の中で答えて]
我が“この巨体で”ブランフォート家の庭園で遊んだら、大騒ぎになるであろうな。
爺が心臓発作で倒れてしまうかもしれぬぞ。
[それは子供の悪戯どころの騒ぎではないだろうな、と苦笑して。
本当の姿の自分を受け入れてくれたら、どんなに嬉しいだろう。
でも。とりあえず。今は]
村の子供たちの間で、ブランフォート家の庭園は“大人気”だと聞くぞ。
思い切り、彼らと遊んでおやり。
[子供が子供でいられるのは、ひとときだけなのだから。
またアリスが一緒に泥まみれになって遊んでくれるだけで、彼にとってそれは大きな幸せで]
[耳を小さく震わす声のやり取りも、老龍にとってはそよ風にも等しかった。
聞こえど応えず。
それが己に向けられたものではないのであれば。
普段通り、にっこりと柔和に笑って聞き流しただろう。]
………むむっ?
[ピエールの店を出る直前。
何やら不思議な視線を感じた気がした。気の所為と言われればそれまでだけれど。
野生の勘(?)で、再度囁いてみる。]
…………お爺様?
いってらっしゃい。
[スープを飲む手を休めず、アリスへと微笑んだ。
もしかしたら、その声はやや若々しく聞こえたかもしれないが。]
はわぁ………そんなに大きいのですか。
それはきっと、爺が大変な事になりそうですわね!くすくす。
…ええ!カルヴィン達とまたチャンバラとかしたいわ!
きっと、爺はまた「女の子がはしたない!」って嗜めるのかもしれませんけどね。
[ 屋敷の、あの広大な庭が大荒れになる程の巨体とは一体どれほどのものなのだろうか。昔絵本で読んだ大きな怪獣が町を壊すシーンを思い浮かべて。その怪獣の手の中で爺が泣いて叫んでいる姿を想像して。
くすくす、とおかしそうに笑いを零した。]
お庭を荒らすついでに……、あの大きな塀と門を壊してくれたら嬉しいのに。
[そんな冗談のあとに、ぽつりと呟いた小さな囁き声は、龍にはどう聞こえただろうか。]
………!!やっぱりお爺様だわ!
[ 幾分何時もよりかは若く聞こえたが。それは紛れもなく先程まで話していた老齢の客人。]
ねぇ、聞こえる?!お爺様!
メー……ついに…
…目覚めちゃったの!!
[何に目覚めたかは分からないけれども。このくらいの年齢の青少年によくある……所謂『神に選ばれしなんとか!』とか、『この右腕が邪悪な力で痛む!』とか。
そういったものに近い妄想を孕ませて、お嬢様は囁き声に応えた。]
[アリスが一体何に目覚めたのかは皆目見当がつかなかったが、
おそらく魔力の波長が一時的に合ったのだろう。
そういうことは、ままある。3人、というのは稀だろうが。]
そうですか。目覚めてしまわれたのですね。
爺はいつでもここにいます。
なにか困った時はいつでもどうぞ。
[口で喋るよりかはハキハキと、念波は言葉を伝える。
もしかしたら、もう一人へと聞こえていたかもしれないが。
古老は気にせずスープを飲んでいた。]
ええ!これはもう……運命ですわ!!
[
ぴしっと光線でも出しそうなポーズを決めて、老齢の囁き声に答える。当然、今は一人なのでそんな姿を見られると、非常に恥ずかしいのだけれども。]
どうやらメーが由緒正しき血筋だからこそ、聞こえるようですわ。
まぁ、メーが凄いのは当たり前ですわね!
[ 先程教えて貰った知識を早速ひけらかす。どや。
本当は二人の龍とは比べものにならない位にお嬢様は若いのだけれども。
荘厳な龍だと70倍、老齢の龍に至っては計算するのもおこがましい程に年の差がある。
けれどもそんな事はお嬢様にとっては何の問題でもなかった。]
そうだ……コードネームを決めません?!秘密の名前を決めた方が…ゾクゾクするでしょ!!?
[楽しそうに二人に話しかける。つい先日お館様から聞かされた異国のスパイの話を思い出しての事だろうか。]
『いってらっしゃい』
[バーナバスの声が響く。
アリスに投げかけられたであろうその言葉は。つまり今までの会話を、全てこの老龍に聞かれていたということで]
(……うっわ。はずい!バーナバスじーさん聞いてるんなら先言えよ!)
[と、“カルヴィンの口調”で言いたくなったのをぐっと堪えて]
ご老体……、聞いていたのか。
(渋い声色で唸った)
『なにか困った時はいつでもどうぞ』
[などとアリスに話しかけるバーナバスに、自分の先ほどの台詞が思い出され――]
(格好付けて大人ぶったところを、親に見られた子供の気持ちってこんな感じなのかもしれないな)
[バツが悪くなってしまう。
バーナバスほどの老龍を前にすれば、カルヴィンは間違いなく“子供”だった]
[他人と魔力の波長が合うのは初めてなのだろう。
はしゃぐアリスの声色に、カルヴィンは苦笑する。アリスのどや顔が目に浮かぶようだ。
コードネームを決めようと提案する彼女の言葉に、カルヴィンは頷き]
ふむ。秘密の名前、か。
[確かにいつまでも“名無しの龍”では坐りが悪かった。
これは渡りに船と思案を巡らせる]
……では我は。ピーター、と名乗ろう。
[遠い異国のお伽噺の主人公の名だ。
いつまでも大人になれない、永遠の子供の象徴]
――……ピーターねっ?
[ 秘密の名前を名乗られれば、にやりと笑う。
老獪な龍族の二人にとっては児戯に等しい事かもしれないけれども。
お嬢様にとっては、彼等が自分の提案に乗ってくれた事が余程嬉しいようで。
また、案外可愛い龍の二つ名に、つい含み笑いを零さずにはいられないご様子。]
メーは……うーん……
[そもそもアリスというのが、お伽噺が由来の名前なのだ。
奥様がよくお嬢様に聞かせていた物語。]
――……メーは……【チェシャ】で!
[その物語に出てくる猫の名前を名乗った。猫は…好きなのだ。]
ふむ、聞いてたかなぁ?
私は最近耳が遠くてな。
紳士がレディを優しくエスコートしてることしか聞こえなかったよ。
[バツが悪いように呟く声。
老人はとぼけた風に嘯きながら、くつくつと笑う。
その笑いは、聞いていたと語るに落ちた何よりの証拠。]
[聞こえてきた少女の声に、コードネーム…と一呼吸考えて、]
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