254 東京村U
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[合同で鳥取方面に帰省する際にバス事故が起きたのは、 運命だった。そう思っている。
バスは炎上し、乗客のほとんどと同様に私の母は亡くなり、 彼女の両親は爆風で飛ばされ大けがをおい、私と彼女は互いに誰とも判別がつかなくなるほどの全身大やけどをする羽目になった。
"私゛の方が生き延びたのはほんの偶然で、 病院で彼女はあっさりと亡くなった。]
(195) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[隣で手術を受けていた彼女の命は、1日持たなかった。 私はといえば喉をやられ喋れる状態ではなく、数日間生死の境をさ迷う羽目になった。彼女の死亡を──あるいは、世界が変わったことを知らされたのは、私が奇跡的に集中治療室を出ることができた後の話だった。]
『ああ、よかった…… みよ子ちゃん』
[『彼女の母』が、私を彼女の名前で呼んだときだ。]
(196) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[それが逃避だったのか、すべてをわかった上で──自分の娘を、彼女を復活させようと考えたのか、どちらだったのかは定かではない。もとより私と彼女の両親は、復活信仰のある集団に属していたし『私』を身代わりに『彼女』の復活を願ったという可能性もある。
ただ「現実として」人相が判別不可能なほどに焼けただれた私のベッドつけられた名札には、彼女の名前が書かれていた。
私の名前ではなく。]
(197) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[ ── 好都合だと、そう思った。]
(198) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[彼女が筆を折ってから、既に三年近くがたっていた。彼女の新作はあれから一作も読めていない。
けれど、
私が彼女になれば 新作が作れるじゃないか。
天啓だった。そのとき胸に満ちみちた光の眩しさは、 今でもはっきりと思い出せる。 彼女は、その身を賭してまで、私に希望を与えてくれたのだと、 ひどく温かい気持ちになったことを覚えている。]
(199) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[退院してからは、周囲の望むまま私は彼女としてふるまった。 焼けた顔は幸い、彼女の両親の知り合いだった腕のいい先生が彼女の写真を参考に直してくれていたのもあり、彼女としての生活に戻ることにそれほど労はなかった。 なにしろ長く、一番近くで見続けていたのだ。
私が、彼女になるまでさほどの時間はいらなかった。]
(200) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[けれど、ひとつだけ。 重大でどうしようもない問題があった。]
(201) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[顔を、声を、仕草を、言葉遣いを、振る舞いを どれほど彼女に似せてみたところで、
わたしには、彼女の作品が書けなかった。
もっとも望んで、焦がれたその才能だけは、 真似ることができなかった。]
(202) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[私の作品が現実になるなどということはなく、 誰の目に触れさせてみても、 かつての私のような読者はできなかった。]
(203) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[──彼女になれない。
この問題は私を大きく苦しませ、また悩ませた。
それが普通だ。と、そう思ってみようともしたが、 結局なんの慰めにもなりはしなかった。
なぜなら、私はべつに、 普通になりたかったわけではないのだから。]
(204) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[私は、ただ、彼女になりたかったのだ。
幼いころから、ずっと。 それだけを思ってきた。]
(205) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[雑誌に幾度も投稿し、そのたびに伸びない評価に悩み、 所詮彼女になることなど不可能だったのかと怯え、のたうち──]
[ひとつの妙案がひらめいたのは、 私が短大を卒業するころだ。]
(206) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[ 書いたことが現実にならないなら、
現実におきたことを書けばいい。 ]
(207) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[思いついてしまえばなんともごくごく単純な話だった。 紙とペンから離れてしまうことが心残りではある。 けれど、長年の苦悩を打開するすべは、 もはやこの道のほかにはないと思えた。
ふいに射してきた光明に、気分が浮上する。
ああ、最初に書く話はどんなものがいいだろう? やはり、彼女が得意としていたホラーだろうか。 私はまだ彼女の書く、心胆寒からしめる話を読みたりていない。]
(208) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[彼女のあの特殊な才能ですら、文字で世界をつづる才能を持たない私への助け舟だったのかもしれない。 どのみち現実になるなら、あとか先かなど些細な違いだ。
私は何度目か、深く彼女に感謝する。
これで、この雑誌に話を投稿するのも最後だ。
拙作に付き合ってくれたこと、貴社にも感謝をしている。]
(209) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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[まだどんな話を書くべきかは決めていない。
最初は、どのような話を読みたいか、 アンケートなどを取ろうと考えている。
私は書き手としてまだ未熟だ。
けれど、 この現実でいつか。あなたと同じくひとりの登場人物として会えることを、今は少し期待している。]
[ ──著者 *鈴里 みよ子* ]
(210) miseki 2016/10/10(Mon) 16時半頃
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