162 絶望と後悔と懺悔と
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大丈夫……
[自分の事はそう答えるが、
部屋の外に出るという声には少し難色を示した。]
…………理依君、大丈、夫?
――お願い。大丈夫?
[出て行って、それきり帰って来なくなったりしないか。]
うん…大丈夫。それに、ここがもし食べられちゃう前にいれられるような部屋だったらそれこそ早く逃げなくちゃ。
大丈夫だよ。なんだったら柊は皆を見ててあげてよ
[思い込みがいつしか本当だと思えてきてしまう。
無意識にあの金色をもう一度見たかったとも思っていた
柊がついてこないなら自分ひとりでいくつもりで]
……うん。
行ってらっしゃい。
[皆を見ててあげる事。役割を与えられればそれに頷く。
かける声だけはいつも通りだ。
部屋の外に出ようとする理依を見送るように、
のろのろとベッドの上で半身を起こした]
うん。行ってくる。
[柊の言葉に頷いて、それから部屋の中…マユミの姿らしいものを見つけてまずは安堵し、そして小さい声で]
マユミちゃん、帰れる手段、探してくるからさ
ちょっとだけ待ってて。
俺にも責任あるし。
[それから目が覚めたらしい直円に顔を向ける。
あの孤児院で彼が叫んでいた言葉は聞こえていない。
だから今は純粋に安堵のため息]
直円、俺ちょっと出て行くから。
みんなのことお願いね。
―城内―
[――夢はなにもみなかった、
見たような気もするけど忘れてしまった。
柔らかなものに包まれて、泥のように溶けていた意識は、
小さく交わされる声にくすぐられる]
……、
[覚醒までは届かない、
ただ柔らかなものが寝具だと気づいて、
――昔の家に戻ってきたのかと一瞬錯覚する。]
――………、、ん、
[まどろむ意識は、もういない人を呼ぶ音を紡がせた]
[ 囁きが意味を成したのは、
自分の名前を呼ばれたからだ、重い目蓋を開く。
見慣れぬ、場所。目の前にいたのは理衣、一瞬であの惨劇が目蓋の裏に蘇った]
っ、……、ここは、
[吸血鬼の居城、なのだろう。
あの漆黒の少女は、黄金の死神はどこにいったのか、
見渡せば、他にも数人の姿が室内にある]
なんで……、
なんで、理衣くん来ちゃった、の。
[待ってて、という言葉に首を横にふった]
[掛けられた声で、直円と真弓がいると解り、そちらを見た。
気絶して運ばれた少年には、理依と真弓が理解している事、
ここが吸血鬼の根城だとは認識できていないものの、
ここは一人ではない。全員には程遠いけれど。
やがて彷徨った視線は、理依が出て行くという扉へ]
……涼平君。絢矢。 ――リッキィ。――――
……帰る?
[一緒に逃げようとしていた子供たちの名を呟いて、
理依の言葉を茫洋と繰り返す。
背中の怪我は手当がされている。
痛みにベッドの上で膝を抱えて俯いた。]
[柔らかすぎる寝台から、身を起こす。
血で汚れたままで着てた服もぼろぼろで、
悪い夢じゃないことは、はっきりとわかる。
腕を捲くれば――サミュエルが布を巻いて、
円が手当てしてくれた包帯も、痛みもそのまま残っていた。]
……明君、
[ 常から穏やかな明乃進が亡羊と呟く声]
ごめんね……、
あの女の子、言ってたの、
何人か連れて行きましょう、って、
愉しそうに言ってたの……。
でも、わたし、止められなくて、
……何もいえなくて……、そのまま、
[明乃進は、ここにいるみんなは、
その連れてこられた子たちなんだろう。
思い出すわかりたくなかった彼女の言葉]
[真弓の話をおとなしく聞いている。
直円や他の皆はそれを知ってどう思っただろう。
少年は緩慢な動作で寝台を抜け出ると、傍に寄った。
袖をまくった手を見て、そこに自分の手を乗せて、
熱の出た顔で曖昧に微笑む。
「ごめんね」と彼女が謝ったからだ。]
あ……あぁ、気にしないでくれたまえよ。
今は、「生きている」ことをいったん喜びましょう。
[ちくり、と心に響くものがあったのか、
少し目が泳ぎ気味である。何せ、直近の記憶が土下座なのだ。
今のマユミの様子を見ると、バツが悪いものがある。]
[そろりと扉の外に出る。外は空気が冷えていてとても寒い。
道を頭に叩き込むように歩いてみた。
周りからはどこか物騒な気配がする]
…どうなってんだろ…ここ……
[材料を選ぶ、犬猫を飼う。
そんな基準で殺したり捕まえたりする。
吸血鬼にとって、人間は違うことなく家畜なのだろう。
あの時にわかってしまった、
彼らは人間を捕食する存在で。
みんなを殺さないで――命乞いの結果がこれだ]
[漆黒の少女の、酷く冷たかったあの手、
――感情まで凍りついていくようだった。
触れてくれた明乃進の手はとても暖かくて、
添えられた微笑みに心が脆くなるような気がした]
……明君、ありがとう……
[感謝の言葉を口にする、
直円も気にするなと言ってくれた、
どうしてかあまり目はあわせてくれなかったけど]
直君も、ごめんね。
あんまり、……喜べないけど、みんな無事でいてほしい……
[もちろん、彼の様子は知らなかったから、その善意を疑うことは無い。祈るような言葉と共に、重なる明乃進の手をきゅっと軽く握った]
− 現在・始祖の城 −
[盃を口元に運ぶ手を止めて、笑うホリーと
背後で青い顔をした家畜両方に視線を向けた]
城にいるのは約束の2羽。
後の2羽は殺してはいないが、他は死体が多過ぎて
把握していないと問われたら伝えておけ。
[目覚めた雛達が声を掛けるとすれば、同じ家畜の方だろう。
歯の根も合わぬまま何度も頷く様子に満足そうに、
血酒を舌の上で転がした]
[その温度には、少し覚えがあった]
明君、……熱ある?
[看病に付き添ったりすることはよくあった、
彼の平熱はこんなに高くなかったはず、寝込んでた時に額に触れたことを思い出して、
その時と同じように額へ手を伸ばす]
……ちゃんと寝てて、お水貰ってくるから。
[足は震えない、きちんと立てる。
大丈夫、人間だって家畜の面倒くらい見る。
だから、水を貰うくらい平気だろう]
やはり女は処女の血が一番だな。
雛達にも女がいたな。
女には手を付けるな。
男達は好きに捌け口にするがいい。
女は純潔が、男は穢れた方が血は美味い。
[葡萄酒よりも粘度の高い紅い酒を盃で遊びながら
連れて来た雛達を思い出した]
[すとん、と寝台から降りて、
結果、理衣を追いかけるように扉に向かった]
……理衣くん?
[そうっと覗いて、その姿を探してから、
しんと冷えた気配のする廊下へ足を踏み出した]
[過去が頭に去来する。ぶんぶんと頭を振ってそれを消した。
あの時離してしまった手。ちいさくて震えていた手。
そしてサミィをおいて逃げたこと。
後悔と悔しさと僅かに残っている、死ななかったことへの安堵と。
時々、すれ違う人影に驚き、怯えながら探索を続ける。
周りからは殺意に近い視線を感じる。
けれど実際襲われるような気配はまだなかった。
どこを見ても同じような扉と廊下。
遠近感が乱れてゲシュタルト崩壊を起こしそうだった]
ですって。
良かったわね、貴方達にも遊び相手が出来たでしょう?
[家畜達を見て笑う。
家畜は家畜同士交わればよいと、そんな事を考えながら。]
ねえ、お父様。
このお酒せっかくだし、連れて来た雛たちにもあげましょうか?
[そう言ってくすくすと笑う。
それが何を意味しているのか、周囲の家畜達は察しただろうけれど。]
[直円の声に、視線を返してしばし後。
ゆっくりと首を傾げた。
彼が話す事は時折少年には難しすぎるのだが、
今はそれが理由でなく、泳ぐ視線に。
感情の表れない顔には、しばしば行動の意図も表れず
お互いがお互いに不思議がるという事もままあった]
……うん。
[感謝の言葉に頷いて、再び真弓の手に視線を戻す。]
みんな……か。
[直近の記憶、彼は何と叫んでいただろうか。
「『僕は』助けてくれ」などと叫んではいなかったか。
覚えていない覚えていない、と振り切ろうとしても、
マユミを目の前にして、恥と罪の意識が拭えない。]
そそ、そうですね。是非無事でいてもらえれば。
何らの陰謀もなければ、きっと無事ですよ、ええそうです。
[マユミの顔を直視できない。]
正直言って、僕は読書会に行くになって、
諸君とあまり交流を深める機会が減ってしまっていたな。
はぁ……。
[そしてまた何か思い付いた様に笑みが浮かんだ]
そう言えばあの意識を無くした雛。
あれは血だか死体だかが余程苦手なようだな。
あれを早々に家畜から部下へと昇格してやるのはどうだ?
最も嫌うものを永遠に渇望し続けなければいけない
楽しさを与えてやろうではないか?
[我を喪うほどの餓えとの葛藤は始祖にとって
娯楽以外何者でもなかった]
[すると、額に手が触れる。
少しひんやりして温かく、素直に瞼を下ろした。
水を貰って来ると言い、真弓がするりと離れてから、
少年が返事を発したのは少し遅れての事だ]
……真弓ちゃん。今日は、もう――
[今日、とは、いつの事だろう。]
[結局、みなまで告げず、笑みだけが残る。
熱に浮かされて普段より朧なようだった]
はぁ……この状況でも、案じられる。
いやはや、マユミくんは「強い」なぁ。
[ぼそっ、と呟いた。はぁ、とため息をついて下を向いた。]
ごめんな、頼りない「お兄さん」で。
[誰にともなく、零した。]
[思考の時間の後、やはり緩慢に元の寝台へ戻る。
だが、眠ることはせずに懐を探して、
そこにいつも通りの物がある事に安堵した。
掌の上に引っ張り出して、動きを止めた。
きれいな色柄の小さな巾着には血が染みて、
半分くらいはごわついた赤茶色に変わっている。]
――、……
[薄く震えた呼吸を零して、口紐を解く。
指先の動揺で、ひどく手間取りはしたが。
中から円い手鏡を取り出すと、傷や壊れはないか、
汚れが染みついていないか、熱心に目を眇めた]
[どうやらホリーも似た事を考えていたようだった]
ホリーは賢いな。
[目を細めた貌は家畜達には恐怖でしかないだろう]
1人だけでは贔屓になってしまうな。
それに他の雛達の顔をろくに見てもいない。
絶望に変わる前の姿を見ておくのも楽しいだろう。
ホリー、血酒の褒美だ。
お前にも雛の幾つかくれてやろう。
[人である最後の姿を見ておこうと玉座から立ち上がると、
給仕の家畜が反射的に地に頭を擦り付ける。
それを気にする事も無く扉を開けて廊下へと出て行った]
まあ、嬉しい。
ありがとうございます、お父様。
[そう言って微笑んだ。
ご褒美をあげる父親と喜ぶ娘。
日常の風景であればどんなに和む事か。
しかしそれは周囲で見ている家畜には恐怖そのものだろう。]
あ、私も行きますわ。
[トルドヴィンの後を、笑顔でついていくのだった。]
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