158 雪の夜に
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[己は同族喰いの嗜好を持たない。
よって、妨害が入った際など、いくつかの例外はあるものの、
極論、"喰おうとして喰えなかった奴"が、
話しかけて来ない同族であるとは言える。]
へぇ? 意外だな。
[あるいは、例え良家の令嬢というやつであっても、
誰しも幼い頃はお転婆な少女だったのかも知れない。]
そうだな、人間で言う所の家族か、集落か。
……故郷の土地っていうのはなかったけど、
小さい頃に住んでた所は、暖かかったな。
多分、春だったんだと思う。
[両親、兄弟、その言葉に左手をポケットに突っ込む。]
――
[子供が少し口をとがらせたような、
何故か決まり悪そうな小声が零れた。]
……狩りも出来ねー位よぼよぼの爺さんになったら、また来る。
つった所なら、あるけど。
[拗ねたような口ぶりが、
かわいらしいと言ったら彼は不本意だろうから、
零れたのは小さな忍び笑いだけ]
そう、故郷の土地はなくても。
あなたには、
……ちゃんと帰る場所があるのね。
……多分、そういうんじゃねぇよ。
[人の間で人を喰い殺す狼が、
そんなに長くを生きられるとも思っていないし、]
そいつらの仲間になれる訳じゃないしな。
[きっとそれは叶える心算のない約束なのだ。]
旅から旅への根無し草だよ、俺は。
いいじゃないの。
いつか帰るかもしれない、
そんな場所があると思うくらいは、きっと
……生きる理由に、なるでしょう?
[それは酷く人間らしい思考だと己自身そう思った]
生きるのに理由が必要か?
[解らない、と言いたげに声は囁いた。]
……しかもそれだと、まるであんたの方が、
帰る場所がないみたいに聞こえるぜ。
[都の方で、絵なんかを売り買いする商売だと聞いていた。
そちらは帰るべき場所ではないのだろうか。]
[単純な答えは予期されたもの、
けれどそれは、今は好ましいものだ]
……そうね、
[そしてゆるやかな肯定]
優しい人を大事にしなかったから、
きっと罰があたったのね。
[珍しく自嘲のようなものが溢れて]
……ふうん。
[返す相槌は、少し気のないものになった。
人間にとっての、その罰が当たる、という感覚も、
あまり実感が伴わない、知識の上の言葉だ。]
[ただ、血が薄れて人間になってしまったのに、
こうして声だけがする女の性質は、やはり、
己の目からは中途半端なものに思えて――
生きにくいだろうな、と思ってしまう。]
……こういう時に、
慰めの言葉のひとつでもさらりと言えると、
もてるのよ?
[返る相槌にそんなことを言ったのは、
あまり引きずりたくない感情だったせいだ]
それに私の話より、
あなたのこと、でしょう?
[そんな一言も添えて*]
そりゃぁ、失礼?
[冗談めかして言われる"もてる"との弁も、
女と己では意味合いが変わってしまうのだが。
とは言え、そうした文句が使える価値はあるだろうから、
次からは何か考えておこう、と思う程度]
つっても、あぁ……どこまで話したっけ。
ほとんど話は終わったみたいなもんだしなぁ。
[生まれた群れについて。
そして、いつか再び訪れるかも知れない先について。]
別に、先なんて決まってないしな。
どこまでだって行くし――どこに着く事もない。
[終着がある旅ではない。狩り場を求めて流れるだけだ。]
……意外と、人狼の仕業ってのは信憑性ないみたいだな。
この分なら俺、必要な食事の分だけで良いのかね。
[他の獣が血の匂いに誘われなければだが。]
お上が人狼の仕業って言ったらまた変わるだろうけどな。
あの男の言う事を本気にしそうな人間、他にいるかな……
……私の弟はね、
この町の教会の司祭様に、
正体を暴かれたのよ。
[ぽつりと零して]
……知らせは聞いた?
しばらくはこの町を離れるのは難しそうね。
あぁ、こっちも聞いた。
[予想の範囲内ではあるので、そちらは殊更驚かないが。]
そっか。
そんな事があっても、この町に来るんだな。
[彼女にとっては予定外の寄港だったのかも知れない、が、
その事は己には解らない。
何の為にか。
例えば故郷は、ただ故郷というだけで訪れる価値があるのか。
あるいは――生きる意味に関わるのか。]
……この町に来たのは、ただの偶然だわ。
乗るはずだった船に事故があっただけ。
あなたはでも、
私があの船に乗っていて有難かったでしょう?
メイドの客室もあけてあげたのだし。
まあな。
[メイド用とは言え良い部屋だった。
あんまり良い部屋過ぎて居慣れなかった結果、
ほっつき歩いてホレーショーのような
船乗りの知己が出来た訳だけれど、そこはそれだ。
寝心地は良かったです。]
……昔の知り合いに会っただけよ。
でも、私がわからなかったみたい。
私は人狼ではないから、
あの子の身代わりにもなれなかったのに。
こんなことで、
人間でもないなんて思い知らされるなんて、
………馬鹿ね。
[震えるような声音の囁き]
へぇ。あの爺さんが。
[己の事を、子か孫のような歳と言う位だから、
確かに、老人と知り合いであっても不思議はない。]
[そして人狼は、]
――それは、本当に解らなかったのか?
[あくまで人狼。]
見えない所で密告する可能性があるんじゃないのか。
嘘をつけるような人じゃ、ないの。
それに、私は……別にいいのよ。
ただ、あなたの無事は祈っているわ。
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