─208号室の患者─
[自室。締め切ったカーテンの隙間から、月明かりが零れ落ちる。
青年は結局、食事を取りには行かず、医師の元にも戻らなかった。
ベッドの上で薄い毛布を頭から被り、子供のように膝を抱える。
傍には、中庭の前で拾った鴇色の花びらと。少女から手折った、まだ新しい花。
翳の落ちた瞳はいつかよりもずっと虚ろで、薄い唇は音に成らない音を紡ぐ。
何度も何度も落ちる浅い微睡みの中で細切れに夢を見た。
居なくなった誰か。知っている筈の場所。白いドレス。赤い背表紙の日記。雨の日曜日。みんなで逃げた。ペンと、シャツと。だいじょうぶって言ったあの人。飴玉。ギラついたたくさんの目。カーテン。弟の、怯えた顔。でも、もう。]
……おもい、だせない……
[噎せ返るような甘い薫り。月明かりが忍び込む。スティーブンすら立ち入らせないその部屋の中は。
壁も天井も床もベッドの上さえも。おびただしい「誰かの花」で埋め尽くされていた。]
(52) 2014/09/10(Wed) 15時頃